« いよいよ明日! | トップページ | ペンテコステの源流! »

神の家族

いよいよ、やってきました!京都福音教会の創立50周年記念式典。今日のために、数多くの祈りと具体的な準備が積まれてきました。その中のひとつにあるのが、記念誌『宣教の幻に生きる』。今日お越しいただく全国の先生方にも、記念品と一緒にお渡しする予定です。

今日は、その記念誌に寄せた私の原稿を紹介したいと思います(一部仮名にしました)。タイトルは、「神の家族」。私にとって、教会は「家」。教会のみんなは、「家族」。血縁関係はないけど、イエス様で繋がった大切な家族です。喜びを分かち合い、悲しみに寄り添い、共に笑って、共に泣く。そして、イエス様を見上げて共に歩む。そんな大切な家族のことを記念誌に残したくて、綴ってみました。

Photo_3

小学4年生の冬まで、教会から徒歩5分のところに住んでいました。母が教会スタッフをしていたため、学校帰りに私が向かうのはいつも教会。「ただいま」と事務所へ入ると、いくつもの「おかえり」が返ってきました。スタッフのT姉(現、京都福音教会牧師夫人)と宿題をするのが日課。学校で熱を出したら、S師(現、大隅クリスチャンチャーチ牧師)が迎えに来てくださいました。母の仕事が長引いたときは、事務所で夕食。グリル池のオムライスか、ほかほか亭ののり弁。家に帰るとお風呂に入って寝るだけ、ということもありました。放課後のほとんどの時間を教会で過ごす私にとって、教会や先生方、兄姉というのは「我が家」「家族」と同じでした。

当時の藤林邦夫師(初代牧師。今は天国にいらっしゃいます。)との思い出は、学期末の通知表。真っ先に、藤林邦夫師のところへ持って行きました。戻してくださるときには子どもの私にも解るように平仮名がたくさんのお手紙が添えられていて、それがとても楽しみだったことを覚えています。幼い私の日常生活にも優しく寄り添ってくださるお姿は、まさに「家族」そのものでした。日曜日の夜の伝道夕拝や木曜集会の後に「天下一品に行きませんか?」と誘ってくださったこともあり、「教会帰りのラーメン」には特別な思い入れがあります。

そして今、50周年。その節目のときを迎えることができて、とても嬉しいです。これまでに多く受けてきた愛を、周りへ流し出す者へと成長させていただきたいと願います。「神の家族」がますます増え広がっていきますように。前進!!

○追記 旧会堂の思い出。会堂外のトイレ前で、母によくお尻を叩かれたこと。そのとき若い女も、若い男も年寄りも、ランラララ~♪と輪になって踊ったこと(なぜかN兄とS姉の軽快なステップが頭から離れません)。外階段横のイチジクをT兄に採ってもらって頬張ったこと(手を洗い忘れてかぶれたこともありました)。

105166832_2

式典は、今日の午後から。今から最後の準備に行ってきます!アニバーサリーの様子は、また後日アップしまーす♪

|

« いよいよ明日! | トップページ | ペンテコステの源流! »

教会」カテゴリの記事

イベント」カテゴリの記事

コメント

わあ、素晴らしい環境で神様がnizzy+さんを育てて下さったんですね!

50周年おめでとうございます!京都福音教会を主が益々主の栄光の
ために用いて下さいますように。地域の方に益々祝福を流す教会と
して下さいますように。祈っています!

投稿: ゆり | 2007/09/24 09:59

>ゆりさん
当時の私には「当たり前」だと思っていた日常の環境でしたが、
とても大きな祝福であったことを改めて感じ、感謝しています。
確かに「お母さんが家にいる」ということへの憧れもありましたが、
幼いなりに、「教会が祝福の場所だ」ということは感じていました。
多くの祈りが積まれた場所。祝福に満ちた場所。
毎日そこで過ごす時間が与えられたことはとても大きな恵みでした。
人生に起こる大きなことから小さなことまで、すべてのことが
イエス様の愛から出たものであることを実感しています。
この、私の愛する教会が、イエス様のために豊かに用いられるようにと
願って止みません☆☆☆

投稿: nizzy+ | 2007/09/25 11:56

nizzy+さんを小さい頃から知ってる者として、その原稿を読んだ時、言い知れぬなつかしさがよみがえって来ました。お母さんのこと、お父さんのこと。どちらもゆずらぬ強さがありました。それはお二人が、とってもイエス様を愛しておられたから。また、京都福音教会を愛しておられたからです。忠実に歩んでおられましたね。80年代の頃が一こま一こまととなってよみがえり、忘れられないです。今でもとおとい思い出となっています。

投稿: 大隅のただ | 2007/10/04 22:31

>大隅のたださん
幼い頃から(生まれたときから)今に至っても、本当にお世話になっています。ありがとうございます。
なぜか鮮明に覚えているシーンがあります。高熱を出して小学校の保健室で寝ている私を、ただ先生が迎えに来てくださったときのことです。とても良く晴れた日でした。ミニキャブに乗って教会へ帰る道中、車内で横たわる私にはその振動がものすごく心地よかった!その記憶が、なぜか今も忘れられずに鮮明に残っています。何だか不思議な感覚です。とにかくお世話になった!ということなのでしょう。ありがとうございます!!
(私がいるお陰で)騒がしい事務所のデスクに向かい、聖書を開いておられた姿(メッセージの準備だったのでしょうか)も覚えています。懐かしい光景ですね。

投稿: nizzy+ | 2007/10/05 01:05

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 神の家族:

« いよいよ明日! | トップページ | ペンテコステの源流! »