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コスモス

1995年9月18日、母が天国へ行きました。そう、今日は母の召天記念日(いわゆる命日)です。丸12年が経ちました。長かったのか、短かったのか、正直なところよくわかりません。「もう・・・」と思うときもあれば、「まだ・・・」と感じるときもあります。確かなのは、この12年間で天国を近くに感じるようになったということ。天国をより慕わしく思うようになった、と言った方が正確かもしれません。

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ねぇ、お母さん。最近、私が言われて一番嬉しいこと知ってる?「にじちゃん、お母さんに似てきたな!」そう言われるのが、最高に嬉しいの。心がきゅんとする。お母さんを近くに感じる。だから、嬉しいの。

あの日(息を引き取る数日前)、突然意識の戻ったお母さんは、私の目を見てこう言ったよね。「にじちゃん、男性は顔じゃないよ!」・・・このシリアスな場面で、いったい何を言い出すのかと思ったけど、それには続きがあった。「にじちゃん、男性は顔じゃない!謙虚な人を伴侶に選びなさいね。謙虚な人よ。そして、あなたも謙虚に生きなさい。」

お母さんの遺してくれたメッセージ、大切に心に留めています。親切とか優しいとか、何となく似ているけどやっぱり違う。謙虚って何だろう。そんなことを考えています。人(っていうか、私)は、元来自己中心的な考え方しかできないし、ちょっとしたことですぐに高ぶる。自分が何者かであるような高慢な言動を取る。情けないけど、これが元々の姿。でも、イエス様に出会って、少しずつ変われてると思うの。イエス様の価値観に生きる。それが私の新しい価値観になったから。

私ね、すごく感謝してるの。私は、お母さんにとって決して良い娘だったとは思わない。「こうすればよかった」とか、今でもやっぱりいろいろ思っちゃう。でも、お母さんは、私にとって最高のお母さんだったよ。人としての弱さを持っていたことも知ってるし、いろんな失敗を重ねたことも知ってる。でもね、お母さんは徹底してイエス様に従った。その人生のすべてが「イエス様の栄光のために!」その動機で成り立っていたことを、そばにいて痛いほどに感じた。私が言うのもおかしいけど、見事だよ!ホントに!!

お母さんが息を引き取ったとき、お父さんがこう言ったよね。「良い忠実な僕(しもべ)よ、よくやった。」って。泣きながら、お母さんに頬ずりしながら、そう言ったよね。私には、イエス様がお母さんにそう言ってくれてるように聞こえた。「良い忠実な僕よ、よくやった。おかえり。」って。

これを書いている今も、涙が溢れて止まらない。泣けて泣けて、止まらない。でもね、不思議。心の深いところは温かいの。嬉しいとか楽しいとか、そういう類のものじゃない。一言で表すと平安ってことになるのかな、そういう温かいものを感じてるの。天国の希望だよね。永遠の命の確信だよね。

時々ね、思うの。いいなぁ、私も早く天国に行きたい!って。でも、私にはまだここですることがある。そのために、この命が保たれている。だから、私は歩くよ。イエス様を見上げて、歩き続ける。イエス様が、「良い忠実な僕よ、よくやった。さぁ、おかえり。」そう言って天国へ招いてくれるまで、力いっぱい、心いっぱい、この人生を歩み続ける。お母さんが見せてくれた信仰の姿勢、それが私の人生のモデルです。いつも凛として、真っ直ぐに前を見つめてた、そんなお母さんのように歩んでいきたい。そう思ってます。

お母さん、私ね、もう28歳になったんだよ。お母さんが私を生んでくれた歳だよね。何て表現していいのかわかんないけど、不思議な感慨に耽っています。もし将来、イエス様が私に子どもを持つことを許してくださったら、私その子にこう言うの。「あなたのおばあちゃんはね、素敵な女性だったのよ。私の憧れの人だった。そして、イエス様に最高に愛されてた素晴らしいクリスチャンだったのよ!」ってね。お母さん、ありがとう。私は、あなたの娘で幸せです。

イエス様、ありがとう。私に素敵なお母さんをありがとう。あなたのプランは計り知れず、この先に何が起こるのか予想もできないけど、でも、私は信じます。あなたは常に私に対して真実を示し、最善を成してくださることを!今、あなたの平安のうちに生かされていることを感謝します。

夜はよもすがら泣きかなしんでも、朝と共に喜びが来る。(詩篇 30:5)

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お母さんが天国へ行ったあの日、台風一過の透き通るような青空が広がっていました。今日の京都も快晴。あの日と同じ、眩しい青空。高くなった空が、秋を感じさせます。もうすぐ、コスモスの季節です。お母さんの大好きだったコスモス。今年もキレイに咲きますように。。。

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コメント

読んでいて涙が止まりませんでした。素敵なお母様ですね。
天国に帰る時にはnizzy+さんのお母様にぜひお会いしたいです!
「謙虚」であることを改めて自分に問い直しました。

真実なお方、イエス様。この世に生かされている間、しっかりと
イエス様に堅く立って歩んでいきたいですね!

投稿: ゆり | 2007/09/21 00:16

>ゆりさん
我が母親ながら、本当に素敵な女性でした。私の理想です。
彼女の生き方は、「謙虚」そのものでした。
イエス様に堅く立って、忠実な歩みを重ねたいと思います!
天国での再会も、大きな励みです☆

投稿: nizzy+ | 2007/09/21 23:57

はじめまして。「ブログ村」仲間のmarthaと申します。私の母は今年6月に天に召されました。癌だったのですが、癌とわかってから、はっきりと信仰告白に導かれました。nizzyさんがおっしゃるように、母が天に召されて、天国がとっても近く感じられるようになりました。天国のことを歌った讃美を聴いたりすると、ウキウキします。nizzyさんはまだまだ若いときにお母様を亡くされて、寂しいこともたくさんあったと思いますが、お母様、お父様の信仰と、神さまの恵みに支えられてこられたのだなと感じました。お互いにイエス様と母親と天で再会する日まで、「よくやったね」と言われるように、歩んで生きたいですね!

投稿: martha | 2007/10/04 17:56

>marthaさん
来てくださってありがとうございます。marthaさんのブログも、またゆっくりと読ませていただきますね!
6月にお母さまが召されたとのこと。3ヶ月あまりしか経っていないのですね。イエス様がmarthaさんの心を守り、毎日を平安と光で満たしてくださいますように。召されるまでに信仰告白をされたとのこと、本当に良かったですね。私たちは天国での再会の希望が与えられているので感謝です。大きな慰めであり、励ましですね♪

投稿: nizzy+ | 2007/10/05 00:49

とても感動しました。忘れていたわけではないけれど、お母さんの召天記念日。9月18日でしたね。同じ年の2月18日に、私の息子シモンが5才で天に召されました。お母さんにもかわいがってもらっていました。と言っても、まだ赤ちゃんの頃だったですが。
 あの召天式に使われた写真は、お母さんがシモンをだっこしている写真を使ったと聞きました。それを聞いて、今でも天ではシモンは、お母さんにかわいがってもらっているんだろうなあ、と想像します。
 nizzy+さんにとって、お母さんは理想的な信仰者だったんですね。私たちもホザナ園、教会と一緒に仕事や奉仕をさせていただいて、とても楽しい日々を過ごしました。曲がったことや、間違ったことの嫌いな姉でしたね。それでいて、優しい、正義感の強い方でもありました。私たち夫婦ににとって、とってもお世話になった方です。シモンと同じ年に、月は違うけれど同じ日に天に移されたのも不思議な神のお計らいですね。ブログを読んでいて、涙が出ました。顔じゃない、謙虚な人に!今でも天から聞こえて来る気がします。

投稿: 大隅のただ | 2007/10/05 11:47

>大隅のたださん
そうです!召天式に飾った写真の母は、その腕にシモンくんを抱いています。どちらかというとキリッとした顔で写ることの多かった母ですが、その写真は本当に優しい柔らかい表情をしています。ちょっと首を傾げた、はにかんだような彼女らしい笑顔。まだ首も据わるかどうかという頃の可愛いシモンくんを抱いていたら、自然とそうなったんでしょうね。
> 曲がったことや、間違ったことの嫌いな姉でしたね。
> それでいて、優しい、正義感の強い方でもありました。
そんな母を尊敬しています。私の人生の良きモデルです。「謙虚に生きる」彼女の生き様からも、そのヒントを得ています。

投稿: nizzy+ | 2007/10/06 01:13

初めまして!(グログを読んできました)

12年経ってというと16歳の時ですか?
お母様は何歳でしたか?
我が家には、15歳と19歳の子どもがいますが
お母様は、nizzyさんやご家族を主に委ねて旅立たれたのですね。
この証を読んで、私も子ども達にイエス様の模範を示そうって襟を正す思いでした。
主の平安を祈ります。

投稿: ハンナ | 2008/03/13 14:49

>ハンナさん

はじめまして。コメントありがとうございます。
そう。母が天国へ行ったとき、私は16歳でした。
母は44歳。(我が母ながら)とても美しい人でした。
12年経った今でも、私の中の母は44歳のまま。
きっと私の中では、これからもずっと44歳のまま。(笑)

イエス様に、いつも忠実に熱心に仕え続けた母の姿は、
私の人生において良きモデルとなっています。
そのような存在が身近にいる(いた)のは幸せなことですよね。

投稿: nizzy+ | 2008/03/15 01:08

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