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イエス様との出会い

私は、両親がクリスチャンの家庭(クリスチャンホーム)に生まれました。10歳のときに洗礼を受けました。そこに至るのに何の強要もなく、私の心からの願いがそうさせました。ただ、イエス様との本当の意味での出会いを体験したのは、実はもっと後になってからなのです。

イエス様との感動の出会いを体験したそのときのことを、文字にして残しています。私の心にもう一度刻み直すためにも、ずっと大切に聖書に挟んでいるそれをシェアしたいと思います。

ブログにアップしていいのか、正直少し迷いました。教会の先生や兄姉たち、私の受け持っている(また以前に受け持っていた)教会学校のお友だちが、このブログを読んでくれていることも知っています。でも、敢えてここでシェアしたいと思います。何だか、そうするように語られている気がするから。

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私は、クリスチャンホームに生まれました。聖書から「にじ子」と名づけられ、多くの祈りとみことばとによって育てられました。イエス様が神様である、そのことは私の中で疑いようのない事実でした。しかし、イエス様と自分がどういう関係であるかという以前に、教会の中で自分がどのように評価されているかということを考えていました。熱心な両親を見て、また周囲の声を聞いて、私もそうあらなければならないと思っていたからです。クリスチャンジュニアであることへのプレッシャーを感じながら、しかし、それに応えるのが私の役目だと思って過ごしてきました。

小学生時代の私は、いわゆる優等生でした。学校の成績もそれなりの評価を得るものでしたし、器用に真面目にコツコツ頑張るその優等生ぶりは、先生方の好意を集めました。そして、その状況に身を置くことに居心地の良さを見出した私は、あらゆるところで優等生であろうとしました。頑張って頑張って、その頑張りによって、優等生の座を固守しようと努めてきました。教会生活にもその色が出始めたのは、この頃であると思います。また、私の頑固さと高慢さも、この頃に形を生したのだと思います。

中高生時代には、友人関係、世間体、恋愛等、人並みの悩みを抱えました。そのどれもが、当時の私には理解し得ない苦しみでした。高校一年の秋に母親が天に召されたときも、その答えを何とか自分で見つけようとしました。頑張ることで解決しようとしました。悩みに負けることは、優等生であろうとする自分自身に負けることでもあると思っていたからです。

大学に入り、楽しい幸せな学生生活を送っていました。私の今はこれで良いのだと思っていました。今までも頑張って何とかなってきていたし、私が頑張ってどうにもならないことなんて無い、そう思っていました。高慢で頑なな固い心になっていました。そんな私は、あることをきっかけに全く打ちのめされることとなりました。そこには、裏切りと偽りとがありました。深く傷ついた私は、今まで何でも頑張れた、乗り越えてきたと自負する自分自身にも裏切られたような気持ちになりました。なぜ私がこんな目に、どうすれば良いのか、そう自問する日々が続きました。そんなときに、憐れみ深いイエス様はみことばをくださいました。

わたしはあなたを忘れない。(イザヤ 44:21

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自分勝手に道を選び、形だけのクリスチャンを続けていた私を、イエス様は「忘れない」と言ってくださったのです。「わたしはあなたを忘れない、だからあなたもわたしを忘れるな」そう言ってくださっているように思いました。そのときに、私は初めて今までの自分を振り返ってみたのです。高慢でした。頑固でした。そして、何よりもイエス様に対して正しくありませんでした。私をクリスチャンホームに生まれさせ、考えられないほどの恵みと守りの中で生かしてくださっていたのにも関わらず、そのことに気づこうともしないで自分の意志と感情の赴くまま生きていた私は、到底クリスチャンなどと呼ばれるに相応しくない者でした。しかし、イエス様はなおも私を「忘れない」と言ってくださったのです。正しいと信じていた自分の、それこそが罪であることを示され、イエス様の中にこそ公正と真理があることを教えられました。

イエス様の御手の中で守られている今、何を頑張ることがあるのかと思うのです。ただ、イエス様の恵みと憐れみに感謝しつつ、すべてを委ねて歩めることに心からの幸せと平安を感じています。そして、あれだけ勝手な生き方をしてきた私を、十字架の贖いによって赦し、愛してくださっているイエス様に応えたいと願っています。

人よ、彼はさきによい事のなんであるかをあなたに告げられた。主のあなたに求められることは、ただ公義をおこない、いつくしみを愛し、へりくだってあなたの神と共に歩むことではないか。(ミカ 6:8

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私の生きるすべてが、イエス様の前に喜ばれる、御心に適ったものでありますように。

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コメント

感激しました。分かち合って下さってありがとう(_ _)
思い出すと辛い過去も、″今の″あなたから語られると美しい証しになりますね。
神様に戻って来て下さって、ありがとう。
主の声に素直に従い、こうして「一生で一番素敵な出会い」について書き、それを公に出されたあなたは、本当に立派です。お疲れ様(_ _)
あなたの記された一言一言が、読む人みんなの祝福になります。何より、神様が喜んで下さっています!
大きな一歩を踏み出されたあなたに、主の祝福がありますように♡

投稿: ゆい | 2008/02/24 05:43

クリスチャンホームで育った人たち共通の悩みが
あるのでしょうね。そのことがわかってきました。
でも、イエス様は「忘れない」と言ってくださって
いることを感謝します。
お母さんがいないことの寂しさもあるでしょうが、
ここまでよくがんばっておられるnizzy+さんに
エールを送ります。
続けて神の祝福をお祈りします。

投稿: 大隅のただ | 2008/02/24 17:08

はじめてコメントさせていただきます。
神様は本当に真実ですね。私の歩みと重なるところがあって、私も小学生の時にクリスチャンの母を亡くしました。でも神さまはいつも私とともに歩んでくださっていたなと思います。にじさんの証を聞いて、心の中にスーっと神様の暖かさが入ってきた気がします。分かち合い感謝します。

投稿: えりんぎ | 2008/02/25 11:52

>ゆいさん

コメントありがとうございます。
アップすることを本当にギリギリまで迷っていたので、
励ましのコメントをいただけてすっごく嬉しいです。
アップすることで、感動を心に刻み直すことができました。
感謝です

> 神様に戻って来て下さって、ありがとう。

ゆいさんを通しての「ありがとう」が心に響いています。
イエス様がそう言ってくださっているように思えて、
嬉しくて嬉しくて、思わず涙がこぼれました。。。
ありがとう!!!


>大隅のたださん

いつも覚えてお祈りくださり、ありがとうございます。
クリスチャンジュニアがみんな同じように・・・とは思いませんが、
似た感覚を経験した人は少なくないように思います。
でも、やっぱりイエス様との出会いはそれぞれ。
私には、あのタイミングで、あの方法で・・・でした。
時間がかかりましたが、やっと視界がクリアになった!
というような感じを得たことを覚えています。

「全力を尽くす」と、「頑張る」は違いますよね。
私の「頑張る」は、我を張る「がんばり」癖でした。
今も、油断するとニョキニョキ芽を出します。
委ねるときに、すべての必要は備えられる。
イエス様の祝福の約束を握って歩みます!!!


>えりんぎさん

はじめまして。コメントありがとうございます。
小学生のときにお母さまを天に送られたのですね。
そんなに幼いときに・・・寂しい思いをされたことでしょう。
でも今、これまでを振り返って、そのあらゆる場面において
イエス様を見出せるのは幸いですね。本当に慰められます。
私の方こそ、お母さまのことをシェアしてくださって嬉しかったです。
これからの歩みにも、イエス様の確かな導きがありますように!
いつも真実を尽くしてくださる主に感謝

投稿: nizzy+ | 2008/02/27 04:12

涙してしまいました。とおっしゃるあなたを想うと
私まで涙出てきます。こりゃぁ実際会ったら嬉し泣きのオンパレードですね(笑 

投稿: ゆい | 2008/02/27 16:00

>ゆいさん

ゆいさんの暖かい言葉は、私の心にすーっと入ってきます。
文字を介してのお交わりだけど、私の心にはリアルに響いてます。
ありがとう!!!

実際にお会いしたら・・・やっぱり涙しちゃうかもね(笑)

投稿: nizzy+ | 2008/02/28 00:39

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