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土の器

今、苦しみを通ることで発見していること。それは、自分の弱さ。今まで気づかなかったことや、何となくごまかしてきたこと、自覚していたけどここまでヒドイとは思ってなかったこと、とにかく自分の中にある弱さという弱さがどんどん明らかになってきています。衝撃にも近いほどに、大小いろいろ出てくる、出てくる。

え・・・私ってこんなだったの???

そんな感じです。

でもね、それは決して自分を卑下するためなんかじゃない。弱さを嘆いて、落ち込むためなんかじゃない。イエス様は、そんなことを望まれない。じゃあ、なぜか?それは、研がれるため。磨かれるため。自分の弱さの、どこが研がれていくのか、どんなふうに磨かれていくのかをしっかり実感するため。そう思っています。

主からエレミヤに臨んだ言葉。「立って、陶器師の家に下って行きなさい。その所でわたしはあなたにわたしの言葉を聞かせよう」。わたしは陶器師の家へ下って行った。見ると彼は、ろくろで仕事をしていたが、粘土で造っていた器が、その人の手の中で仕損じたので、彼は自分の意のままに、それをもってほかの器を造った。その時、主の言葉がわたしに臨んだ、「主は仰せられる、イスラエルの家よ、この陶器師がしたように、わたしもあなたがたにできないのだろうか。イスラエルの家よ、陶器師の手に粘土があるように、あなたがたはわたしの手のうちにある。(エレミヤ 18:1-6

This is the word that came to Jeremiah from the LORD : "Go down to the potter's house, and there I will give you my message." So I went down to the potter's house, and I saw him working at the wheel. But the pot he was shaping from the clay was marred in his hands; so the potter formed it into another pot, shaping it as seemed best to him. Then the word of the LORD came to me: "O house of Israel, can I not do with you as this potter does?" declares the LORD. "Like clay in the hand of the potter, so are you in my hand, O house of Israel. (Jeremiah 18:1-6)

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陶器師は、粘土を用いて思いのままに形作る。ろくろに乗せて、ぐるぐる回して、形作る。仕損じたら、グシャって潰して、またやり直し。そして、納得のいく、その心に適った器を作り上げる。その粘土の質、量、色、風合い、全部を最高に引き立てられる器に仕上げていく。最初の、まだ土の塊でしかなかった段階から、美しい器に仕上がるまでの全工程において、細心の注意を払い、最大の関心を注ぎ、片時も手を離すことなく作り上げる。なぜなら、その陶器師にとって、その器は大切な作品だから。より良い状態に仕上げたいと願う、大切な大切な作品だから。そう、その器は、陶器師の心そのものだから。

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今の私は、ろくろに乗せられた粘土。練って練って練りまくられて、柔らかくしてもらっているのかもしれない。混じっていた石ころを取り除いてもらっているのかもしれない。練られる私は、痛い。何かを取り除かれる私は、辛い。でもね、陶器師は知ってるの。そうすることが絶対に必要で、そうすることがベストなんだ!って。陶器師の心に適った、最高の器に仕上げるためにはそうすべきなんだ!って。

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私の陶器師は、イエス様。私は、イエス様の作品。土の器。陶器師であるイエス様の御心に適った器になるために、今、私は練られている。取り除かれている。研がれている。磨かれている。確かに痛いよ。それに辛い。でもね、そんなときに思い出すの。陶器師は、器を仕上げるまで絶対に手を離さない!最初から最後まで、その全行程において常に陶器師の手は器に添えられている!ってことを。

そう、私の人生には、常にイエス様の御手が添えられている。どんな状態のときも、どんな道を歩んでいるときも、どんな環境に置かれているときも、イエス様の御手が私から離れることはない。

イエス様、私があなたの御手のうちにあることを感謝します。途中でどんなにぐちゃぐちゃになってしまったとしても、最後まで私を丁寧に形作ってくださることを感謝します。あなたの御心に適った器になりたいです。私という土の器にあなたを満タンに入れて、いろんなところへ運んで行きたいです。

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私は、ただの土くれ。ただの粘土。でも、あなたの御手にかかると、最高の作品に変身できるんです。ありがとう!どうか、あなたのために用いてください。用いやすい器としてください。

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聖書のみことば」カテゴリの記事

コメント

お久しぶりです。
Mixiでアホな日記ばかり書いていた日々に別れを告げ、
綺麗さっぱりムダを捨てて
イエス様との関係と向き合う生活に戻って来ました。
長い間辛くて、
周りの方の分かち合いにも心を開けていなかった私ですが
今日からもう一度、謙虚になって再スタートします。
で、早速読んだあなたの記事が、久しぶりにアップした
Out of Clayと似た内容で、鳥肌が立ちました♡″
いつでしたか、祈りを詩にして書いたとき
あなたは私の意とせんところを、
言葉にせずとも分かって下さったのを覚えています。
私はあなたのように素敵な文章や言葉で表現出来ませんが、
感じてるところは同じ、見ている世界は同じなのだといつも勇気づけられます。「知恵を得る」の記事も先ほど読ませてもらいました。素敵です!知恵を得たいと思うときに主に原点があることを再確認できるあなたは、主の証そのものです!
これからまたちょくちょく遊びに来ると思いますが、
どうか許して下さいね^^☆″

投稿: ゆい | 2008/03/31 05:29

>ゆいちゃん

レス遅くなってごめんね。
それから、おかえり~~~!(笑)

ゆいちゃんのブログ、いつも楽しみに読ませてもらっています。
柔らかい言葉で綴られたオモイ、ちゃんと伝わってるよ。
イエス様という共通点があるから、言葉の向こう側まで感じられる。
そんな感覚が、何とも嬉しいのです。

いつも励ましありがとう。
とっても心に響きます。
いつでも、何度でも、おこしやす。
マイペース更新だけど(笑)、おこしやす。
いつもありがとう!!!

投稿: nizzy+ | 2008/04/04 01:29

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