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捧げたら、香る。

日曜日の朝の礼拝で語られたメッセージをシェアします。

マリヤは高価で純粋なナルドの香油一斤を持ってきて、イエスの足にぬり、自分の髪の毛でそれをふいた。すると、香油のかおりが家にいっぱいになった。(ヨハネ 12:3

Mary took about a pint of pure nard, an expensive perfume; she poured it on Jesus' feet and wiped his feet with her hair. And the house was filled with the fragrance of the perfume. (John 12:3)

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●ナルドの香油

ナルドとは、正式にはスパイクナルドといって、日本では甘松香(カンショウコウ)と呼ばれている世界でも極めて珍しいヒマラヤ原産の野生植物。高度3,0004,000mの大気汚染とはまったく無縁の空の下、化学肥料を知らないヒマラヤ渓谷のピュアな大地で収穫されるナルドの根茎から取った香料による香油は、数千年もの昔から薬として利用され、非常に高価なもの(今の価値に換算すると、300万円くらい)。この香油は石膏の小さな壷(あるいは瓶)に詰めて封印され、聖書の時代もシルクロードを通ってインドからパレスチナ地方にも輸入されていた。今では、すでに古典香料の1つとして入手困難とされている。

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マリヤは、その香油(独身の彼女にとっては結婚支度金だったかもしれない・・・きっと彼女の全財産)を惜し気もなくイエス様の足に注ぎました。そして、自分の髪でそれを拭ったのです。その壷にフタはありませんでした。つまり、マリヤはその壷を割って、一滴も残すことなくすべてを注ぎきったのです。香油の、麗しい香りが家いっぱいに溢れました。

マリヤの捧げた香油。これは、私たちの賛美や、祈り、礼拝、奉仕、伝道、また毎日の生活のいろんなことを意味します。私たちがマリヤのように、心を注いで、そのすべてをイエス様に捧げきるときに、麗しい香り(イエス様の祝福)が神の家である教会いっぱいに満ち溢れるのです。

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このメッセージを聞いていて、思いました。私は本当にすべてを捧げられているだろうか。惜しみなく、そのすべてを捧げきることができているだろうか。

・・・答えは、NOでした。

「イエス様に人生を捧げます!」なんて言いながら、時間を捧げられない。仕事も、人間関係も、思いも、考えも、全然捧げられていない。それどころか、取るに足らないものへ執着したり、プライドという名のもとに高慢になったり・・・。「捧げる」ということが、私の生活の中で全然具体的でなかったことを教えられました。

今月に入って、会社での人間関係でとても苦しいところを通っています。でも先週、みことばによって励まされて「苦しいけど賛美します!喜べないけど喜びます!」と告白し、新しい一歩を踏み始めました。が、その数日後、更に大きな波が待っていたんです。「イエス様、何でよ!やっと立ち上がれたとこやのに、何でよ!!」・・・あまりのショックに、イエス様に八つ当たりする始末。()

そんな中、イエス様から「プライドを捨てなさい」と語られています。特に、仕事において「委ねなさい、捧げなさい」と語られています。それはとても辛いこと。私にとってはものすごく辛いこと。なぜなら、私が一番と言っていいくらいにプライドを持っているところだから。でも、だから、イエス様は言われるんです。「そこを捧げなさい」って。「必ず祝福するから、捧げなさい」って。

往生際の悪い私は、それでもなかなか「はい」と言えずにもがいています。現在進行形で、もがいています。「だって、これは私がめちゃめちゃ頑張ってることだから」、「これは、私が社会人としてかなりプライド持ってることだから」・・・あーだこーだと言い訳しては、プライドを握り続けようとしています。

でも、そんなことしている場合じゃないのかもしれない。そう思い始めています。イエス様が私に対して用意しておられるプラン、このチャレンジの向こうにある祝福。私がこだわっている小さなプライドなんかとは比べ物にならないくらいの素晴らしいプラン、大きな祝福。私は、自らの手でそこから外れようとしているんじゃないか、逃そうとしているんじゃないか。

もしマリヤが、そのナルドの香油を捧げることを惜しみ、他のもの(例えば水。←当時は水も貴重だったとは思うが、香油との対比)でイエス様の足を洗っていたらどうだっただろう。「足を洗う」、そのことは喜ばれたかもしれない。でも、その惜しむ心を悲しまれたに違いない。そしてもちろん、それは香りを放つことはなかっただろう。

私のしていることは、これと一緒なのかもしれない。ある程度の捧げ方。制限付きの委ね方。イエス様は、そんな心を喜ばれない。イエス様は、100か0。YESNO

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イエス様、私はまだまだ中途半端です。でも、このままでイイなんて思ってません。100%になりたいんです。あなたの御心に100%で応えたいんです。そのために、1つずつ捧げていきます。握り締めているものを、1つずつ。スローペースかもしれないけど、1つずつ。マリヤのように、すべてを捧げきることができるまでに。そしたら、香りが広がるよね。イエス様の麗しい香りが、溢れ流れ出るよね。

捧げる。そしたら香る。キリストが溢れる。麗しいキリストの香りが溢れて、溢れて、流れ出る。

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コメント

アーメン!!!!

いやーにじ姉すっごい恵まれました。
すっごい勉強にもなるし、いつもありがとう

捧げるって難しいよね
でも、神様は絶対に絶対に期待を裏切らないから感謝!

そしたら、香りが広がるよね。イエス様の麗しい香りが、溢れ流れ出るよね。
→YES!!!!にじ姉からイエス様の香りがあふれでる!
ユリもユリのペースでひとつずつ離していってます
ユリもキリストの香りをはなちたい!

今、にじ姉の為に祈ったよ

ゆっくりおやすみなさーい!

投稿: ゆり | 2008/03/12 01:04

>ゆりちゃん

こちらこそ、いつもありがとう!
すごくすごく励まされています

捧げる。委ねる。
本気になればなるほど、簡単じゃないよね。
でも、やっぱり100%で応えたいんだー。
だって、イエス様の愛は100%だもん。
命がけの100%だもん。ね。

イエス様は絶対に裏切らない。あーめん!

ゆりちゃんのためにも祈ってるよー!
来月からの新しいスタートのためにも!!
らぶゆー

投稿: nizzy+ | 2008/03/12 22:12

ナルドの香油はすごい勉強になりましたね。
それをイエス様のために惜しげもなくささげた
マリヤは、イエス様のみこころを知っていたのでしょう。

nizzy+さんもマリヤのように香油をささげ
うるわしい香りを放っていると思います。
さらにもっともっと人々に幸せな香りを与える
人となりますように。I will pray for you.

投稿: 大隅のただ | 2008/03/13 09:56

>大隅のたださん

ナルドの香油。
私も調べたことで、その高価なことがよくわかりました。
何となく分かったような気になっていることが多いなーと思います。
聖書を深く学ぶときに、その世界をリアルに感じられますね。
マリヤの潔さに対する感動も深まりました。

> nizzy+さんもマリヤのように香油をささげ
> うるわしい香りを放っていると思います。

麗しい香り・・・そのようでありたいと願います・・・

投稿: nizzy+ | 2008/03/15 01:00

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