« おたんじょうび | トップページ | 天の音 »

木に登ろう。舟を出よう。

そう、お熱が下がりません・・・と言っていましたが、いまだに微熱。夜になると、ぴゅーっと上がります。何でしょう。熱中症?夏バテ?元々新陳代謝がよろしくないので、この急激に暑くなった気候についていけてないんだと思いますが。ムチャをしないように!と思ってます。今まで以上に。ばーすでー迎えて、1つ歳を重ねたからね。()

P7130011

大興奮の、スペシャルサンデーバースデー。これまたスペシャルなスピーカー・ひろくんの語ってくれたメッセージで響いたところ。

P7130014

● 神様の見えるところへ行こう。

さて、イエスはエリコにはいって、その町をお通りになった。ところが、そこにザアカイという名の人がいた。この人は取税人のかしらで、金持であった。彼は、イエスがどんな人か見たいと思っていたが、背が低かったので、群衆にさえぎられて見ることができなかった。それでイエスを見るために、前の方に走って行って、いちじく桑の木に登った。そこを通られるところだったからである。(ルカ 19:1-4

Jesus entered Jericho and was passing through. A man was there by the name of Zacchaeus; he was a chief tax collector and was wealthy. He wanted to see who Jesus was, but being a short man he could not, because of the crowd. So he ran ahead and climbed a sycamore-fig tree to see him, since Jesus was coming that way. (Luke 19:1-4)

ザアカイは、背が低かった。だから、目の前の人々が壁になって彼の視界を遮っていたんだ。でも、彼はイエス様を見たかった。どうしても見たかった。自分の目で見たかったんだ。だから、木に登った。常識的に考えたら、滑稽な行動かもしれない。いい歳をした大人が、人目も憚らずに木に登ってまで見るなんて。でも、彼はそんなこと気にしなかった。気にならなかったのかもしれない。ただひたすら、イエス様を見たい!その強いオモイが彼の心にあったから。そして、彼はイエス様を見た。自分の目で、しっかりとイエス様を見た。

このストーリーは、ここで終わらない。イエス様を見ることができた。あーよかったね、ちゃんちゃん。これで終わりじゃない。

イエスは、その場所にこられたとき、上を見あげて言われた、「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」。そこでザアカイは急いでおりてきて、よろこんでイエスを迎え入れた。(ルカ 19:5-6

When Jesus reached the spot, he looked up and said to him, "Zacchaeus, come down immediately. I must stay at your house today." So he came down at once and welcomed him gladly. (Luke 19:5-6)

イエス様は、ザアカイに出会ってくださった。「ザアカイよ」って名前を呼びかけて、直接出会ってくださった。ザアカイは、大喜びでイエス様を家に迎え入れた。それは、彼の人生にイエス様をお迎えしたってこと。それから、彼の人生は全く新しいものになった。イエス様と出会ったことで、今までとは全く違う、祝福の人生へと変えられたんだ。

キーはどこ?それは、ザアカイが木に登ったこと。目の前に立ちはだかる壁の向こうにいる、イエス様を見るために木に登ったこと。それによって、彼の人生は変わった。新しい、祝福の人生が始まった。

P7130016

● 今いるところから一歩踏み出そう。

イエスは夜明けの四時ごろ、海の上を歩いて彼らの方へ行かれた。弟子たちは、イエスが海の上を歩いておられるのを見て、幽霊だと言っておじ惑い、恐怖のあまり叫び声をあげた。しかし、イエスはすぐに彼らに声をかけて、「しっかりするのだ、わたしである。恐れることはない」と言われた。するとペテロが答えて言った、「主よ、あなたでしたか。では、わたしに命じて、水の上を渡ってみもとに行かせてください」。イエスは、「おいでなさい」と言われたので、ペテロは舟からおり、水の上を歩いてイエスのところへ行った。(マタイ 19:25-29

During the fourth watch of the night Jesus went out to them, walking on the lake. When the disciples saw him walking on the lake, they were terrified. "It's a ghost," they said, and cried out in fear. But Jesus immediately said to them: "Take courage! It is I. Don't be afraid." "Lord, if it's you," Peter replied, "tell me to come to you on the water." "Come," he said. Then Peter got down out of the boat, walked on the water and came toward Jesus. (Matthew 14:25-29)

ペテロは、海の上を歩いているイエス様を見て驚いた。「え?イエス様??海の上を歩いている???」 ペテロだけじゃなく、他の弟子たちも思った。「マジで??有り得ない!!」・・・そう、他の弟子たちは「有り得ない」って思ったの。科学的に「そんなことは有り得ない」、常識的に考えて「そんなことは有り得ない」、てゆーか普通に「有り得ない」。だから、舟の中から眺めているだけだった。

でも、ペテロは違った。「イエス様、すげー!海の上を歩く!?すごすぎる!イエス様、ボクも歩きたいです!!」 ペテロは、科学的なことや常識的なことを考えなかった。ただひたすら、イエス様と同じ体験をしたい。奇跡を体験したい。そのオモイだけで、舟を出たんだ。海の上に、水の上に、足を踏み降ろしたんだ。そして、ペテロはイエス様と同じように、海の上を歩いた。水の上を歩いた。そう、イエス様の奇跡を体験したんだ。

キーはどこ?それは、ペテロが舟を出たこと。常識や固定概念を置いて、イエス様を体験するために舟を出たこと。それによって、彼はイエス様の奇跡を、偉大さを身をもって体験することができたんだ。

P7130012

壁が立ちはだかっているなら、それを越えよう。そしたら、イエス様が見える。そこには、イエス様の働きがある。イエス様の喜び、イエス様の恵み、イエス様の平安。壁の向こうにそれがある。それを見たいなら、それを得たいなら、壁の前で突っ立っているだけじゃダメなんだ。壁を眺めているだけじゃダメなんだ。

舟の中で小さくまとまっているなら、そこから出よう。そしたら、イエス様を体験できる。そこには、イエス様の奇跡がある。イエス様の偉大さ、イエス様の強さ、イエス様の広さ。舟の外にそれがある。それに触れたいなら、それを掴みたいなら、舟の中で縮こまっているだけじゃダメなんだ。舟の中に安住していちゃダメなんだ。

自分の意志で、一歩を踏み出す。木に登ろう。舟を出よう。イエス様のでかさを体験するために。イエス様のすごさを自分自身が体験するために。

253116385_d490125400

一歩踏み出す。これが、祝福のスタートになる。私もほんの少しだけど、現在進行形で体験中。イエス様の祝福を受け取るために、次のレベルに行くために、大事なのは、あなたのその一歩。

230128146_440f050f57

勇気を出して、一歩。オモイを込めて、一歩。登り始めるとき、踏み出すとき、イエス様の祝福が流れ始める。あなたの一歩は、そのための突破口。溢れるほどの恵みが流れ出すための、突破口。小さくてもいいの。小さくても、穴が開いたらそこから水がどばーって流れ出すように、小さな一歩でも、イエス様は祝福してくださるよ。

にほんブログ村 哲学ブログ キリスト教・クリスチャンへ

|

« おたんじょうび | トップページ | 天の音 »

メッセージ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« おたんじょうび | トップページ | 天の音 »