メッセージ

木に登ろう。舟を出よう。

そう、お熱が下がりません・・・と言っていましたが、いまだに微熱。夜になると、ぴゅーっと上がります。何でしょう。熱中症?夏バテ?元々新陳代謝がよろしくないので、この急激に暑くなった気候についていけてないんだと思いますが。ムチャをしないように!と思ってます。今まで以上に。ばーすでー迎えて、1つ歳を重ねたからね。()

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大興奮の、スペシャルサンデーバースデー。これまたスペシャルなスピーカー・ひろくんの語ってくれたメッセージで響いたところ。

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● 神様の見えるところへ行こう。

さて、イエスはエリコにはいって、その町をお通りになった。ところが、そこにザアカイという名の人がいた。この人は取税人のかしらで、金持であった。彼は、イエスがどんな人か見たいと思っていたが、背が低かったので、群衆にさえぎられて見ることができなかった。それでイエスを見るために、前の方に走って行って、いちじく桑の木に登った。そこを通られるところだったからである。(ルカ 19:1-4

Jesus entered Jericho and was passing through. A man was there by the name of Zacchaeus; he was a chief tax collector and was wealthy. He wanted to see who Jesus was, but being a short man he could not, because of the crowd. So he ran ahead and climbed a sycamore-fig tree to see him, since Jesus was coming that way. (Luke 19:1-4)

ザアカイは、背が低かった。だから、目の前の人々が壁になって彼の視界を遮っていたんだ。でも、彼はイエス様を見たかった。どうしても見たかった。自分の目で見たかったんだ。だから、木に登った。常識的に考えたら、滑稽な行動かもしれない。いい歳をした大人が、人目も憚らずに木に登ってまで見るなんて。でも、彼はそんなこと気にしなかった。気にならなかったのかもしれない。ただひたすら、イエス様を見たい!その強いオモイが彼の心にあったから。そして、彼はイエス様を見た。自分の目で、しっかりとイエス様を見た。

このストーリーは、ここで終わらない。イエス様を見ることができた。あーよかったね、ちゃんちゃん。これで終わりじゃない。

イエスは、その場所にこられたとき、上を見あげて言われた、「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」。そこでザアカイは急いでおりてきて、よろこんでイエスを迎え入れた。(ルカ 19:5-6

When Jesus reached the spot, he looked up and said to him, "Zacchaeus, come down immediately. I must stay at your house today." So he came down at once and welcomed him gladly. (Luke 19:5-6)

イエス様は、ザアカイに出会ってくださった。「ザアカイよ」って名前を呼びかけて、直接出会ってくださった。ザアカイは、大喜びでイエス様を家に迎え入れた。それは、彼の人生にイエス様をお迎えしたってこと。それから、彼の人生は全く新しいものになった。イエス様と出会ったことで、今までとは全く違う、祝福の人生へと変えられたんだ。

キーはどこ?それは、ザアカイが木に登ったこと。目の前に立ちはだかる壁の向こうにいる、イエス様を見るために木に登ったこと。それによって、彼の人生は変わった。新しい、祝福の人生が始まった。

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● 今いるところから一歩踏み出そう。

イエスは夜明けの四時ごろ、海の上を歩いて彼らの方へ行かれた。弟子たちは、イエスが海の上を歩いておられるのを見て、幽霊だと言っておじ惑い、恐怖のあまり叫び声をあげた。しかし、イエスはすぐに彼らに声をかけて、「しっかりするのだ、わたしである。恐れることはない」と言われた。するとペテロが答えて言った、「主よ、あなたでしたか。では、わたしに命じて、水の上を渡ってみもとに行かせてください」。イエスは、「おいでなさい」と言われたので、ペテロは舟からおり、水の上を歩いてイエスのところへ行った。(マタイ 19:25-29

During the fourth watch of the night Jesus went out to them, walking on the lake. When the disciples saw him walking on the lake, they were terrified. "It's a ghost," they said, and cried out in fear. But Jesus immediately said to them: "Take courage! It is I. Don't be afraid." "Lord, if it's you," Peter replied, "tell me to come to you on the water." "Come," he said. Then Peter got down out of the boat, walked on the water and came toward Jesus. (Matthew 14:25-29)

ペテロは、海の上を歩いているイエス様を見て驚いた。「え?イエス様??海の上を歩いている???」 ペテロだけじゃなく、他の弟子たちも思った。「マジで??有り得ない!!」・・・そう、他の弟子たちは「有り得ない」って思ったの。科学的に「そんなことは有り得ない」、常識的に考えて「そんなことは有り得ない」、てゆーか普通に「有り得ない」。だから、舟の中から眺めているだけだった。

でも、ペテロは違った。「イエス様、すげー!海の上を歩く!?すごすぎる!イエス様、ボクも歩きたいです!!」 ペテロは、科学的なことや常識的なことを考えなかった。ただひたすら、イエス様と同じ体験をしたい。奇跡を体験したい。そのオモイだけで、舟を出たんだ。海の上に、水の上に、足を踏み降ろしたんだ。そして、ペテロはイエス様と同じように、海の上を歩いた。水の上を歩いた。そう、イエス様の奇跡を体験したんだ。

キーはどこ?それは、ペテロが舟を出たこと。常識や固定概念を置いて、イエス様を体験するために舟を出たこと。それによって、彼はイエス様の奇跡を、偉大さを身をもって体験することができたんだ。

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壁が立ちはだかっているなら、それを越えよう。そしたら、イエス様が見える。そこには、イエス様の働きがある。イエス様の喜び、イエス様の恵み、イエス様の平安。壁の向こうにそれがある。それを見たいなら、それを得たいなら、壁の前で突っ立っているだけじゃダメなんだ。壁を眺めているだけじゃダメなんだ。

舟の中で小さくまとまっているなら、そこから出よう。そしたら、イエス様を体験できる。そこには、イエス様の奇跡がある。イエス様の偉大さ、イエス様の強さ、イエス様の広さ。舟の外にそれがある。それに触れたいなら、それを掴みたいなら、舟の中で縮こまっているだけじゃダメなんだ。舟の中に安住していちゃダメなんだ。

自分の意志で、一歩を踏み出す。木に登ろう。舟を出よう。イエス様のでかさを体験するために。イエス様のすごさを自分自身が体験するために。

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一歩踏み出す。これが、祝福のスタートになる。私もほんの少しだけど、現在進行形で体験中。イエス様の祝福を受け取るために、次のレベルに行くために、大事なのは、あなたのその一歩。

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勇気を出して、一歩。オモイを込めて、一歩。登り始めるとき、踏み出すとき、イエス様の祝福が流れ始める。あなたの一歩は、そのための突破口。溢れるほどの恵みが流れ出すための、突破口。小さくてもいいの。小さくても、穴が開いたらそこから水がどばーって流れ出すように、小さな一歩でも、イエス様は祝福してくださるよ。

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「今」を生きる。

今日の木曜集会で語られたこと。「今」を生きる。「今」を最大に喜び楽しむ生き方をしよう。

これは、決して「今」さえ良ければそれでいい!的なことじゃないよ。それは全然違う。そうじゃなくて、与えられている「今」というときを最大に活かして生きよう!ということ。

私たちが生きているのは、「今」。決して「過去」に生きているわけじゃない。「過去のしがらみ」「過去の罪」に生きているわけじゃない。それらは、全部イエス様が十字架で負ってくださった。全部取り除いてくださった。だから、私たちはそれらに縛られる必要は全くない!

それから、「過去の栄光」に生きているのでもない。「昔は良かった・・・」とか「前はもっと○○だった・・・」とか、過去のことばかりを追い求めていても何も生まれない。イエス様が与えてくださる「今」を最大に喜び楽しむとき、「昔の方がいい」なんて思わなくなる。「今」この瞬間もイエス様が私と共にいてくださる!そのことを体験していると、後ろなんて振り向かなくなる。与えられた「今」と、「今」が積み重ねられた先にある「将来」に対する喜びと期待でいっぱいで、前に向かって力強く進み行くことができる。

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でも、生きているとさ、嬉しいことや楽しいことばかりじゃないよね。想像を絶するような痛みを通るときも、涙に暮れる苦しみを通るときもある。私がこれまで生きてきた中にも、何度かそれと言えるようなことがあったよ。当時の私には、超えられないとさえ思ったようなことが。

でもね、今になって思うの。全部がイエス様の御手の中で起きてるんだなーって。物事が起こる理由なんて、そのときにはわからないことの方が多い。もしかしたら、後になってもわからないこともあるかもしれない。

たとえば、お母さんが天国へ行ったこと。このことの理由なんて、未だにわからない。でもね、わからなくていいのかもって思ってる。理由はわからなくても、「イエス様は私に良いことしかされない」そのことだけわかってたら十分なんだと思うから。

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うちの教会にね、Mさんっていう101のおばあちゃんがいるの。すっごく可愛い方でね、私もこんなふうに歳を重ねたい!心底そう思う、憧れのおばあちゃん。

彼女が100歳になったとき、あるテレビ番組が取材に来たの。どこで聞きつけたのか、「100歳の人たちにインタビューをしている」と。ゴールデンタイムに放映してた(今もやってるのかな?)「ランキンの・・・」って番組。知ってる??結局なぜか放送されず仕舞いなんだけどね、ま、それは置いといて。その取材中、インタビュアーがこんな質問をしたの。

Mさんがこれまで生きてきた100年のうち、何歳のときが一番良かったですか?」

それに対して、Mさん何て答えたと思う?結婚したとき?子どもが生まれたとき?子育てを終えて自分の時間を楽しめるようになったとき?・・・NO!違うんです。彼女が出した答えは、これ。

「今が一番いいよ。今が一番いい。」

100年生きてきて、今が一番いい。なかなか言えることじゃない。ネガティブになろうと思えば、いくらでも材料はあると思う。だって、気力も精神力も、若いときのそれとはやっぱり違うと思う。体力だって衰える。自分の思うように体が動かないって、結構ストレスだよね。

でもね、彼女は即答した。「今が一番いいよ。今が一番いい。」 これ、彼女が「今」を生きている証だよね。前を向いて、イエス様が用意してくれている将来を望み見て、平安と希望に生きている証だよね。

先にも書いたように、生きていると、ときには痛みや苦しみを通ることもある。それは否定しない。でもそんなとき、もしその痛みや苦しみにフォーカスしていたらどうだろう。悲しいとか辛いとか、そんな感情の中から得られるものって何かある?そこから生きる力や希望を得られる??・・・NO!絶対無理!!

でもね、どんな状況にあっても、私たちがイエス様にフォーカスするとき、私たちは力を得られる。希望を見出すことができる。「今」を生きることができる。

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主を喜ぶことはあなたがたの力です。(ネヘミヤ 8:10

the joy of the LORD is your strength. (Nehemiah 8:10)

私たちは、私たちの主であるイエス様を喜ぼう。それは、私たちの力だから。希望だから。喜びだから。「今」を生きるための、「今」を最大に楽しむための、大切なポイントだよ!

そして、その「今」が積み重ねられた先にある「将来」が、どんなに素晴らしいかを想像してみて。そしたらさ、ネガティブに後ろを向いてなんかいられなくなるから!()

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「今」を楽しむ。「今」を喜ぶ。「今」を生きる。今日も、明日も、明後日も。ずっとずっと「今」を生きる。それが、最高の人生を作る。そう思います。

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by the Grace of God...

昨日の聖日礼拝で語られたメッセージ、ただ神の恵みによりこのあいだから語られまくりのこと。by the Grace of God...

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パウロがコリントの町へ行った。キリストの福音を携えて、不品行と不道徳の町・コリントへ宣教に行った。彼の働きを通して、多くの人々がキリストに出会った。町に救いが広がった。教会が建てられた。by the Grace of God...

アポロがパウロの働きを継いだ。その働きもまた大いに祝福され、教会は発展していった。多くの人々が増し加えられた。by the Grace of God...

しかし、コリントの教会の人々はこんなふうに言い始めた。私はパウロ先生に付いて行く!いや、私はアポロ先生を応援する!この町に福音を伝えてくれたのはパウロ先生だぞ!でも、アポロ先生の働きの方が大きく祝福されているじゃないか!・・・

そんな様子を見たパウロは、人々にこう訴えた。

アポロは、いったい、何者か。また、パウロは何者か。あなたがたを信仰に導いた人にすぎない。しかもそれぞれ、主から与えられた分に応じて仕えているのである。わたしは植え、アポロは水をそそいだ。しかし成長させて下さるのは、神である。だから、植える者も水をそそぐ者も、ともに取るに足りない。大事なのは、成長させて下さる神のみである。(1コリント 3:5-7

What, after all, is Apollos? And what is Paul? Only servants, through whom you came to believe—as the Lord has assigned to each his task. I planted the seed, Apollos watered it, but God made it grow. So neither he who plants nor he who waters is anything, but only God, who makes things grow. (1 Corinthians 3:5-7)

私(パウロ)もアポロも、ただ神様から与えられた働きをしただけ。私は植える(伝える)こと、アポロは水を注ぐ(教える)こと、その働きをしただけ。人々が救われることやクリスチャンとして成長していくことは、私やアポロの働きゆえではない。ただ神様の恵みによって!なんだ。

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そう、人が救われるのは、決して人の働きによってではない。神様の恵みによって救われる。人の手を通して植えられる(伝えられる)種(福音)に命があるから、人は救われるんだ。人生が変わるんだ。by the Grace of God...

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クリスチャンとしての成長も然り。人間の力で努力して成長するのではない。救われる≠完璧になる。救われると同時に、自分の品性や行いが完全なものになるのではない。神様との命に溢れた交わりが始まり、それが日々新しく豊かにされていくということ。それによって、成長し続けることができ、古い自分(良くない習慣や思考など)から解放されていく。by the Grace of God...

これを忘れちゃいけない。私たちが救われたのは、ただ神様の恵みによって。クリスチャンとして成長できているのも、ただ神様の恵みによって。

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いつも神様に繋がって成長し続けたい。神様の命に満たされて生きていきたい。恵みを忘れて自分を誇ることのないように。恵みを忘れて成長を止めることのないように。ただ、神様の恵みによって。。。

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Beersheba

今、木曜集会では(小平先生がメッセージのときは)、ヨセフのストーリーを学んでます。数ヶ月前から続いてるんだけど、毎回わくわくです。神様のプランの壮大さと細やかさの何とも言えない絶妙な感じ。たまんない!!!

今日は、エジプトの内閣総理大臣になったヨセフがお父さんのヤコブ(後にイスラエル)をエジプトへ呼び寄せるところから語られました。(ヨセフが内閣総理大臣になるまでのところは、ココをクリック!)

この当時、全世界で大規模な飢饉があって、ヨセフの故郷でも食糧が尽きてしまっていました。でも、エジプトには多くの食糧が貯えられていた。ヨセフが夢で神様から語られて、飢饉に備えて豊作のときにしっかり貯えていたから。ヨセフは、食糧を求めてエジプトへ辿り着いた兄たちに向かって、こう言いました。

あなたがたは父のもとに急ぎ上って言いなさい、『あなたの子ヨセフが、こう言いました。神がわたしをエジプト全国の主とされたから、ためらわずにわたしの所へ下ってきなさい。あなたはゴセンの地に住み、あなたも、あなたの子らも、孫たちも、羊も牛も、その他のものもみな、わたしの近くにおらせます。ききんはなお五年つづきますから、あなたも、家族も、その他のものも、みな困らないように、わたしはそこで養いましょう』。(創世 45:9-11

Now hurry back to my father and say to him, 'This is what your son Joseph says: God has made me lord of all Egypt. Come down to me; don't delay. You shall live in the region of Goshen and be near me—you, your children and grandchildren, your flocks and herds, and all you have. I will provide for you there, because five years of famine are still to come. Otherwise you and your household and all who belong to you will become destitute.' (Genesis 45:9-11)

ヨセフは、兄たちの手によってエジプトへ売られました。そこに待っていたのは、奴隷としての生活。でも、神様はヨセフを祝福されました。どんな状況(主人の奥さんに誘惑されたり、濡れ衣を着せられて投獄されたり・・・)にあっても神様の義に生きることを選び続けたヨセフを、神様は豊かに祝福されました。そして、奴隷として足を踏み入れたエジプトの地で、ヨセフは内閣総理大臣となったのです。神様の、溢れるばかりの豊かな祝福の現われに他なりません。

・・・話が逸れました。今日の本題はココじゃない。() 今日のキーは、ヨセフのお父さんであるヤコブ。

先に書いたように、もう死んだと思っていた愛息子のヨセフが生きている!それだけでもヤコブにとってはかなりのビッグニュース!でも、それだけじゃない。エジプト(当時、世界一の大国とされていた豊かな国)の内閣総理大臣になっている!しかも、自分たちを飢饉から救うためにエジプトへ来るようにと招いてくれている!あまりの話の展開に、ヤコブはかなりの衝撃を受けたんです。聖書にも書いてある。

彼ら(ヨセフの兄たち)はエジプトから上ってカナンの地(ヨセフの故郷)に入り、父ヤコブのもとへ行って、彼に言った、「ヨセフはなお生きていてエジプト全国のつかさです」。ヤコブは気が遠くなった。彼らの言うことが信じられなかったからである。(創世 45:25-26

So they went up out of Egypt and came to their father Jacob in the land of Canaan. They told him, "Joseph is still alive! In fact, he is ruler of all Egypt." Jacob was stunned; he did not believe them. (Genesis 45:25-26)

ね???()

ここからが本題。

愛息子ヨセフの申し出を、ヤコブは喜んだに違いない。飛び上がるほどに嬉しかったに違いない。でもね、そんな有頂天になってしまうような状況でも、ヤコブは神様の御心を探ることを忘れなかった。

イスラエル(ヤコブ)はその持ち物をことごとく携えて旅立ち、ベエルシバに行って、父イサクの神に犠牲をささげた。この時、神は夜の幻のうちにイスラエルに語って言われた、「ヤコブよ、ヤコブよ」。彼は言った、「ここにいます」。神は言われた、「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトに下るのを恐れてはならない。わたしはあそこであなたを大いなる国民にする。(創世 46:1-3

So Israel set out with all that was his, and when he reached Beersheba, he offered sacrifices to the God of his father Isaac. And God spoke to Israel in a vision at night and said, "Jacob! Jacob!" "Here I am," he replied. "I am God, the God of your father," he said. "Do not be afraid to go down to Egypt, for I will make you into a great nation there. (Genesis 46:1-3)

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ヤコブがエジプトへ行く前にしたこと。ベエルシバへ行って、礼拝を捧げること。

エジプトは、確かに豊かな国だった。当時の最先端をゆく文化もあった。飢饉にあっても食糧を持つ、豊かな国だった。でも、神ならぬ神々のある異教の国でもあった。

だから、ヤコブは戸惑ったんです。本当にエジプトへ行っていいのだろうか。ヨセフが招いてくれているのは本当に嬉しいし、今すぐにでも飛んで行きたい。でも、これは本当に神様の御心なんだろうか。

そして、そんなヤコブに神様は応えられました。わたしは神、あなたの父の神である。エジプトに下るのを恐れてはならない。わたしはあそこであなたを大いなる国民にする。(創世 46:3 ヤコブは、神様からの励ましと力を得て、エジプトへ向かいました。神様が共にいて祝福してくださる!という確かな約束を握って、エジプトへ向かいました。

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私たちクリスチャンも、エジプト(この世)で生活しています。働かなきゃいけないし、学校に行ったり、地域との関わりを持ったり、この世の中で生きる者としてすべきことはしなきゃいけない。でもね、大切なのはココ。いつも神様に近く歩めているか。神様の御心を歩めているか。

ヤコブは、エジプトへ行く前にベエルシバで神様の御心を問うたの。ベエルシバ、それは、ヤコブの父イサクや祖父アブラハムが神様に礼拝を捧げてきた聖なる場所。エジプト(異教の国、この世)へ出る前に、ベエルシバ(神様を礼拝するところ)へ行った。そこで神様の御心を求めて祈り、確かなみことばの約束を握って、エジプトへ行ったの。

私たちも、まだ神様のことを知らない人たちのところへ出て行くときに、ヤコブのように先ず神様の前に出る必要がある。神様からの知恵と力と励ましをいただいて、みことばを握って出て行く必要がある。無防備になってはいけない。心を守るため?もちろんそれもある。でもね、無防備だと、何の準備も出来ていないと、語れない。神様を知らない人に、福音(ゴスペル、ホンモノの愛)を伝えられない。

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先にも書いたように、私たちはこの世で生活している。神様を知らない人たちが多くいる中で生活している。そこへ出て行く前に、先ず神様の前へ出よう。祈りとみことばによって一日をスタートさせよう。そして、出会う多くの人たちに、キリストを伝える者とならせていただこう。

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わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。もし人がわたしにつながっており、またわたしがその人とつながっておれば、その人は実を豊かに結ぶようになる。わたしから離れては、あなたがたは何一つできないからである。(ヨハネ 15:5

I am the vine; you are the branches. If a man remains in me and I in him, he will bear much fruit; apart from me you can do nothing. (John 15:5)

何一つできない。これは、しなければならないことを何一つできない、という意味。キリストを伝える。このことのために、いつも神様の前に出て命をいただき、実を結ぶ者になりたい!ベエルシバへ行こう!!

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人生の作り方

こないだの教会学校で語ったメッセージ。私自身が、すごい強くイエス様から語られたこと。準備しながら、語りながら、すっごい励まされた!

●人生の作り方

お料理の作り方って、最初誰かに教えてもらって出来るようになったよね?包丁の使い方、火の扱い方、材料の切り方、味付けの仕方・・・。全部、教えてくれる誰かがいて出来るようになったよね?

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たとえば、めちゃめちゃ美味しいケーキを作りたい!でも作り方がわからない・・・、そんなときお菓子作りの達人が来て、「じゃあ、最初に卵を割ってかき混ぜてみよう」って教えてくれたらどうだろう。この人がいてくれたら大丈夫!って安心して作り始められるよね。

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達人に教えてもらったとおり卵をぐるぐるかき混ぜてたら、達人が続けて「次は砂糖を入れてね」って教えてくれるの。砂糖を手に取ろうとしたそのとき、誰かが来て「塩だよ、塩!」って言ったらどうする?砂糖と、塩。どちらも白い粉。見た目じゃわかんない。でも、達人の言うとおりにした方が正しいってわかってるから、達人の言うとおりにするよね。もしくは、レシピ本を見て調べるかもしれない。「なーんだ、やっぱり砂糖で合ってる!塩なんてどこにも書いてない!!」って。

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達人の助けを借りながら作り進めて、生地が完成。さあ、次はいよいよオーブンへ。達人が言うの、「40分くらい焼こうね」。タイマーを合わせてスイッチオン。

5分経過・・・。早く食べたいよー!まだかなー。そんなとき、誰かが来て言うの。「もうそろそろいいんじゃない?オーブン、開けちゃえば?」 「え、でも達人は40分焼こうって言ったよ?」 「そう?大丈夫なんじゃない??」・・・でも、ケーキを作ったことのある人ならわかるよね?焼き始めて5分なんかでオーブン開けても、まだ生地はドロドロした液状。出来上がりには程遠い。

30分経過・・・。また誰かが来て言うの。「これだけ待ったんだもん、もうイイに決まってるよ!」って。でも、達人は、「40分待とうね」って言ってる。さあ、どうする?? 「今までも、さっきも、達人の言うとおりだった。だからきっと、今回も達人の言うとおりにした方が正しい!」そう言って待てたら、大正解!もし一見焼けてそうでも、中はまだ。生焼けなんて、全然美味しくない。

40分経過、そしてピーーー!!!オーブンから焼き上がりの合図。「さあ、オーブンから出してみよう。熱いから気をつけて!」達人に促されてオーブンを開ける。ふわ~っと広がる甘い香ばしい匂い。「うわ~、美味しそうに焼きあがったね!大成功!!よくできました!!!」達人に褒められながら、パクッと一口。おいしーーーーーheart04 達人と一緒に作ったんだもん。達人のレシピで作ったんだもん。美味しいに決まってるよね!!!

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私たちの人生も、これと同じ。隣にはいつもイエス様がいてくださる。最高の人生を作るために、いつもそばにいてくださる。

ケーキを作っているときに達人がそばにいていろんなアドバイスをしてくれたように、イエス様も私たちにアドバイスをくださるの。これは、こういう意味があるんだよ。こういうときは、こんなふうにするんだよ。そうそう、上手に出来たね。それでいいよ!あー、これは止めた方がいい。きみの心を守るためだ、止めなさい。って。

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ときには、周りの声が聞こえてくるときもある。ネガティブなことや、イエス様のやり方と違うことを言う声が聞こえてくるときもある。でも、私たちには人生のレシピ本、聖書がある。聖書に書かれているやり方、イエス様の声を選び取ろう。

わが子よ、確かな知恵と、慎みとを守って、それをあなたの目から離してはならない。(箴言 3:21

My son, preserve sound judgment and discernment, do not let them out of your sight; (Proverbs 3:21)

今、みことばチャレンジで覚えているこのみことばにも書かれているよね。確かな知恵:正しいことを選び取っていく力。慎み:正しいことを受け入れられる素直な柔らかい心。イエス様の声、イエス様のやり方を選び取って、それに従う柔らかい心で歩みたいね。

生地をオーブンに入れてから焼き上がるまでに時間がかかったように、私たちの人生にも「待つ」というときがある。でも、そんなときも、イエス様はただ単に放っておくのではなく、そばにいて励ましてくださる。これから暫くは「待つ」ということをする必要がある。でも、これはきみの人生にとってすごく大切なときなんだ。だから、諦めないで待ち続けよう!って。

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焼き上がり、つまり人生が出来上がるとき、イエス様は一緒に喜んでくださるんだ。きみの人生、最高だね!最高に素晴らしいよ!!そう、イエス様が用意してくださっている「最高の人生」っていうのは、私たちにとっての最高。

考えてみて。一生懸命に切ったり混ぜたりして、ときにはジッと待ったり、仕上がりをイメージしてわくわく期待したり、長い時間をかけてやっと出来上がったものが、「えー、こんなの作りたくなかったー。こんなの好きじゃない!」っていうような代物だったらどう?正直、やってらんない!って感じよね?()

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でもね、イエス様と一緒に作り上げる人生は、最高なの!「うわ~~~!こんなに素晴らしいだなんて想像もできなかった~~~!すっごーーーい!!!」って嬉しくて感動して飛び跳ねるくらい最高の仕上がり。私たちのわくわく感、イメージ、オモイ、願い、その全部を遥かに超える最高の仕上がり。それが、イエス様レシピの人生。これが、間違いのない人生の作り方。

主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。(エレミヤ 29:11

For I know the plans I have for you," declares the LORD, "plans to prosper you and not to harm you, plans to give you hope and a future. (Jeremiah 29:11)

平安と将来と希望に溢れた人生。イエス様と一緒に歩むなら、イエス様と一緒に作るなら、あなたの人生も最高に素晴らしいものになります!!

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でゅなみす

昨日も、最高に素晴らしい日曜日でした!!!

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ルーマニアから、川井勝太郎先生が来てくださいました。顔中笑顔でパワフルな、みことばに熱く生きる先生。ルーマニアでの宣教の働きは、16年になると聞いています。私たちの教会から2年に1回のペースで行っているルーマニア宣教旅行も、川井先生がコーディネートしてくださっています。

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昨日は、川井先生のご友人で京都在住のプロピアニスト小堀さん(川井先生は、「コボちゃん」って呼んでたよ。笑)も来てくださいました。白いスーツがバッチリ似合ってしまう、貴公子のような小堀さん。フランス、韓国、日本・・・。音楽を通してイエス様の愛を伝えるために、世界各国を飛び回っておられます。(韓国では、超有名らしい!)

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ピアノ、弾いてくださいました。素晴らしい!の一言。全身の隅々にまで染み渡るような、透き通った美しい旋律。特に、小堀さんの作曲された「How Great」という曲が素晴らしかったー!イエス様の広さ、高さ、深さ、長さ、その何とも言えない大きさを感じることができて、感動でした。

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そして、川井先生のメッセージ。こちらも素晴らしかった!めちゃめちゃ熱かった!!とてもたくさんのことを語ってくださったんだけど、私が特に響いたことをシェアします。

●みことばには力がある!

御言には、あなたがたのたましいを救うがある。(ヤコブ 1:21

ここで使われている「力」という言葉は、原語ではdunamis(スペル合ってるかわかんないけど、音はデュナミス。笑)と言って、英語のdynamite(ダイナマイト)、dynamic(ダイナミック)の元になった言葉。つまり、神様のことばには、爆発的な、躍動感溢れる、激しく強い力がある!ということ。聖書のみことばを、本当にそのように感じながら読んでいますか?そのような力を、日々体験していますか?

みことばには力がある!聖書はハッキリそう書いています。その力はどこから来るのでしょう。私たちの頑張り?いいえ、違います!それは、聖霊によるのです!!私たちが聖霊に満たされるとき、私たちの内にdunamis(爆発的な、躍動感溢れる、激しく強い力)が与えられ、その力によって立ち上がり、働き、神様の御業を見ることができるのです。

●新しい皮袋

だから、わたしたちは落胆しない。たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。(2コリント 4:16 

私たちが聖霊による新しい満たしを得たいと願うなら、私たち自身も新しくされる必要があります。新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべき(マタイ9:17だからです。考え方を変える。固定観念を捨てる。内も外も新しくされて、新しい満たし、新しい状況、新しい祝福、新しい御業を体験したい。

実はこのマタイ9:17のみことば、1ヶ月くらい前にイエス様から語られてからずっと心に響いていたんです。教会学校の年度初めのメッセージも、ここから語りました。新しい皮袋。語られまくってます!!

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でゅなみす。爆発的にすごい神様の働き。溺れるほどに溢れる祝福。押し倒されるほどのデカイ御業。もっと見たい。もっと味わいたい。もっともっと。

ただ、聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたはを受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう。(使徒 1:8

But you will receive power when the Holy Spirit comes on you; and you will be my witnesses in Jerusalem, and in all Judea and Samaria, and to the ends of the earth. (Acts 1:8)

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「一緒にいる」と「交わる」の違い

木曜集会で語られたメッセージをシェアします。

放蕩息子のストーリー。知らない人のために、ちょっと書くね。

あるところに、一人の男性がいました。それなりの財産を得ていたのでしょう、使用人や家畜、着物や装飾品も多く持っていました。彼には、二人の息子がいました。そのうちの一人、弟の方が遊ぶ金欲しさにこう言いました。

「お父さんが死んだときにボクがもらえるはずのお金、今すぐちょうだい!」

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生きた人に対して遺産の取り分を請求する。しかも遊ぶ金欲しさに。失礼極まりない申し出にも関わらず、父はその通り彼に遺産の半分を与えてやりました。

遺産を手にした息子は、意気揚々と家を後にしました。街へ出て行き、手にした遺産で豪遊しました。しかし、浪費に浪費を重ねた結果、たくさんあったお金も、あっと言う間に底をつきました。

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ちょうどその頃、息子のいた地域で不作が続き、お金を持っていない彼は食べるものにも困るようになりました。生きるために働こうにも、不況の中で雇ってくれるところなんてありません。やっと見つけた仕事は、家畜小屋の世話係でした。家畜の世話をしながら、あまりの空腹に家畜の餌にまで手を出してしまいそうになりながら、息子は思ったんです。

父のところには食物のあり余っている雇人が大ぜいいるのに、わたしはここで飢えて死のうとしている。立って、父のところへ帰って、こう言おう、父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。もう、あなたのむすこと呼ばれる資格はありません。どうぞ、雇人のひとり同様にしてください。(ルカ 15:17-19

How many of my father's hired men have food to spare, and here I am starving to death! I will set out and go back to my father and say to him: Father, I have sinned against heaven and against you. I am no longer worthy to be called your son; make me like one of your hired men. (Luke 15:17-19)

遺産をせびって家を飛び出し、散々浪費した挙句にどうしようもなくなり、家へ帰る。あまりにも勝手すぎる行動。「今さら帰っても・・・受け入れてもらえるだろうか・・・」息子は不安だったに違いありません。

でも、

まだ遠く離れていたのに、父は彼をみとめ、哀れに思って走り寄り、その首をだいて接吻した。(ルカ 15:20

while he was still a long way off, his father saw him and was filled with compassion for him; he ran to his son, threw his arms around him and kissed him. (Luke 15:20)

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それだけじゃないんです!

父は僕たちに言いつけた、『さあ、早く、最上の着物を出してきてこの子に着せ、指輪を手にはめ、はきものを足にはかせなさい。また、肥えた子牛を引いてきてほふりなさい。食べて楽しもうではないか。このむすこが死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから』。それから祝宴がはじまった。(ルカ 15:22-24

the father said to his servants, 'Quick! Bring the best robe and put it on him. Put a ring on his finger and sandals on his feet. Bring the fattened calf and kill it. Let's have a feast and celebrate. For this son of mine was dead and is alive again; he was lost and is found.' So they began to celebrate. (Luke 15:22-24)

これが、父の愛です!!!

さて、前置きが長くなりましたが、今日の本題はここから。

弟息子の「おかえりパーティー」を開いているところに、その兄が帰ってきました。賑やかな様子にビックリ。使用人に「何事だ?」と聞くと、「あなたの弟さんが帰ってこられたんです!お父様ときたらそれはもうすごい喜びようで、今みんなでパーティーをしているところなんです!」・・・なんだって!?パーティー??

訝しげに思いながら中へ入ると、父が兄を見つけてこう言います。「嬉しいニュースがあるんだ!弟が帰ってきたぞ!もう死んでしまったんじゃないかと思っていたのに、帰ってきたんだ!いや~、嬉しいねぇ。今みんなでパーティーをしているから、お前も一緒に喜び合おうじゃないか!」

喜びを爆発させる父に対して、兄はこう言い放ちます。「お父さん、おかしくないですか?あんなに勝手なことをして、あなたの財産を使い果たして、それでのこのこ戻ってきた弟なのに、どうしてこんなに良くしてやる必要があるんですか?てゆーか、いつも真面目にやってるボクの身にもなってくださいよ。ボクにはパーティーどころか、家畜の一匹ですらくれない。あんなキレイな着物もくれないし、何もしてくれない。こんなの不公平だ!」

父は言った、『子よ、あなたはいつもわたしと一緒にいるし、またわたしのものは全部あなたのものだ。しかし、このあなたの弟は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえである』。(ルカ 15:31-32

'My son,' the father said, 'you are always with me, and everything I have is yours. But we had to celebrate and be glad, because this brother of yours was dead and is alive again; he was lost and is found.' (Luke 15:31-32)

「何を言っているんだ。お前はいつも私と一緒にいるじゃないか。私のすべてを手にしているじゃないか。どうしてそれがわからないんだ。どうして私の心をわかってくれないんだ。」

兄は、父と一緒にいました。いつもいつも一緒にいました。同じ家に住み、同じものを食べ、同じ財産を共有していました。でも、父の心を分かっていませんでした。一緒にいただけで、父との心の交わりがなかったのです。

最近、いわゆる団塊の世代における熟年離婚が増えていると聞きます。なぜでしょうか?夫は、がむしゃらに働いて、クタクタになるまで働いて、疲れて帰宅する。妻は、一日の出来事、子供たちのこと、いろんなことを話そうとする。でも、夫が発するのは三語。「めし、ふろ、ねる。」何十年も一緒に過ごしてきても、そこには交わりがない。心から分かり合おうとする交わりがない。だから、離婚という結果に繋がっているんだと思います。

イエス様も、放蕩三昧に身を崩したあの弟を愛し受け入れたお父さんのように、大きな愛を注ぎたいと願っておられます。でも、私たちが一緒にいる、ただそれを知っているというだけでは、交わりにならないのです。兄がお父さんと一緒にいながらその心を分からなかったように、交わらないとイエス様の本当の心、本当の愛は分からないのです。

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イエス様が求めておられるのは、交わりです。ただ単に知っている(一緒にいる)だけではなく、体験してほしい(交わりたい)と願っておられるのです。

もしわたしたちが互に愛し合うなら、神はわたしたちのうちにいまし、神の愛がわたしたちのうちに全うされるのである。(1ヨハネ 4:12

if we love one another, God lives in us and his love is made complete in us. (1 John 4:12)

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愛されるだけでなく、愛するだけでもなく、愛し合う。これが交わり。イエス様と交わる。心を知る。そして体験する。また、人々とお互いに愛し合うことで、イエス様の愛が私たちの中に完成される!イエス様の愛を体験できる!!これがクリスチャンの醍醐味です!!!

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「一緒にいるだけの者」から、「交わる者」へ!

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Come over and help

ビザ申請手続きなどのために一時帰国していたピーター&シャロン、先週再び来日してくれました!おかえり~~~heart04

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今日の賛美夕拝では、ピーターが語ってくれました。飾らない真っ直ぐな彼の言葉は、イエス様からのメッセージをシンプルに伝えてくれる。心にガツンガツン響きます。

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ここで夜、パウロは一つの幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が立って、「マケドニヤに渡ってきて、わたしたちを助けて下さい」と、彼に懇願するのであった。(使徒 16:9

During the night Paul had a vision of a man of Macedonia standing and begging him, "Come over to Macedonia and help us." (Acts 16:9)

以前、ある宣教(イエス様を国内外で宣べ伝える働き)をテーマにした集会に出ていたとき、ピーターの心に日本へのオモイが与えられたそう。アジアの、他の多くの国のどこでもなく、この日本へのオモイ。ピーターはこのことのために祈り始め、そして、上に書いたみことばのように幻を見たそう。日本人が、「渡ってきて、わたしたちを助けて下さい」そう言っている幻。彼は、それに応えた。イエス様からの情熱だと確信して、まさに海を渡って来てくれた。

彼らの中では、日本滞在は一年のつもりだった。でも、イエス様は再び彼らに語られた。同じみことばから、同じ幻を通して。そして今、彼らは再びここ日本にいる。オーストラリアでの仕事を捧げて、家族や友達と過ごす時間を捧げて、異国で、異文化の中で暮らす様々なオモイを捧げて、今再び日本の地に立っている。

「渡ってきて、わたしたちを助けて下さい」、「何をしたらいいのかわからないのです」、「どんなふうに生きたらいいのかわからないのです」、「人生の目的はどこにあるのですか」・・・。海外に行くことだけがすべてじゃない。知らない土地へ出かけることだけが宣教じゃない。私たちの周りにも、同じように声を上げている人がいるはず。職場、学校、地域、友達、家族、あらゆるところで、私たちにそう呼びかける声が、存在があるはず。必ずあるはず。その声に耳を傾けよう。その声に応えよう。イエス様の愛を知るものとして、そこに出て行ってホンモノを届ける者となろう。

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「渡ってきて、わたしたちを助けて下さい」、あなたにも聞こえますか???

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捧げたら、香る。

日曜日の朝の礼拝で語られたメッセージをシェアします。

マリヤは高価で純粋なナルドの香油一斤を持ってきて、イエスの足にぬり、自分の髪の毛でそれをふいた。すると、香油のかおりが家にいっぱいになった。(ヨハネ 12:3

Mary took about a pint of pure nard, an expensive perfume; she poured it on Jesus' feet and wiped his feet with her hair. And the house was filled with the fragrance of the perfume. (John 12:3)

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●ナルドの香油

ナルドとは、正式にはスパイクナルドといって、日本では甘松香(カンショウコウ)と呼ばれている世界でも極めて珍しいヒマラヤ原産の野生植物。高度3,0004,000mの大気汚染とはまったく無縁の空の下、化学肥料を知らないヒマラヤ渓谷のピュアな大地で収穫されるナルドの根茎から取った香料による香油は、数千年もの昔から薬として利用され、非常に高価なもの(今の価値に換算すると、300万円くらい)。この香油は石膏の小さな壷(あるいは瓶)に詰めて封印され、聖書の時代もシルクロードを通ってインドからパレスチナ地方にも輸入されていた。今では、すでに古典香料の1つとして入手困難とされている。

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マリヤは、その香油(独身の彼女にとっては結婚支度金だったかもしれない・・・きっと彼女の全財産)を惜し気もなくイエス様の足に注ぎました。そして、自分の髪でそれを拭ったのです。その壷にフタはありませんでした。つまり、マリヤはその壷を割って、一滴も残すことなくすべてを注ぎきったのです。香油の、麗しい香りが家いっぱいに溢れました。

マリヤの捧げた香油。これは、私たちの賛美や、祈り、礼拝、奉仕、伝道、また毎日の生活のいろんなことを意味します。私たちがマリヤのように、心を注いで、そのすべてをイエス様に捧げきるときに、麗しい香り(イエス様の祝福)が神の家である教会いっぱいに満ち溢れるのです。

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このメッセージを聞いていて、思いました。私は本当にすべてを捧げられているだろうか。惜しみなく、そのすべてを捧げきることができているだろうか。

・・・答えは、NOでした。

「イエス様に人生を捧げます!」なんて言いながら、時間を捧げられない。仕事も、人間関係も、思いも、考えも、全然捧げられていない。それどころか、取るに足らないものへ執着したり、プライドという名のもとに高慢になったり・・・。「捧げる」ということが、私の生活の中で全然具体的でなかったことを教えられました。

今月に入って、会社での人間関係でとても苦しいところを通っています。でも先週、みことばによって励まされて「苦しいけど賛美します!喜べないけど喜びます!」と告白し、新しい一歩を踏み始めました。が、その数日後、更に大きな波が待っていたんです。「イエス様、何でよ!やっと立ち上がれたとこやのに、何でよ!!」・・・あまりのショックに、イエス様に八つ当たりする始末。()

そんな中、イエス様から「プライドを捨てなさい」と語られています。特に、仕事において「委ねなさい、捧げなさい」と語られています。それはとても辛いこと。私にとってはものすごく辛いこと。なぜなら、私が一番と言っていいくらいにプライドを持っているところだから。でも、だから、イエス様は言われるんです。「そこを捧げなさい」って。「必ず祝福するから、捧げなさい」って。

往生際の悪い私は、それでもなかなか「はい」と言えずにもがいています。現在進行形で、もがいています。「だって、これは私がめちゃめちゃ頑張ってることだから」、「これは、私が社会人としてかなりプライド持ってることだから」・・・あーだこーだと言い訳しては、プライドを握り続けようとしています。

でも、そんなことしている場合じゃないのかもしれない。そう思い始めています。イエス様が私に対して用意しておられるプラン、このチャレンジの向こうにある祝福。私がこだわっている小さなプライドなんかとは比べ物にならないくらいの素晴らしいプラン、大きな祝福。私は、自らの手でそこから外れようとしているんじゃないか、逃そうとしているんじゃないか。

もしマリヤが、そのナルドの香油を捧げることを惜しみ、他のもの(例えば水。←当時は水も貴重だったとは思うが、香油との対比)でイエス様の足を洗っていたらどうだっただろう。「足を洗う」、そのことは喜ばれたかもしれない。でも、その惜しむ心を悲しまれたに違いない。そしてもちろん、それは香りを放つことはなかっただろう。

私のしていることは、これと一緒なのかもしれない。ある程度の捧げ方。制限付きの委ね方。イエス様は、そんな心を喜ばれない。イエス様は、100か0。YESNO

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イエス様、私はまだまだ中途半端です。でも、このままでイイなんて思ってません。100%になりたいんです。あなたの御心に100%で応えたいんです。そのために、1つずつ捧げていきます。握り締めているものを、1つずつ。スローペースかもしれないけど、1つずつ。マリヤのように、すべてを捧げきることができるまでに。そしたら、香りが広がるよね。イエス様の麗しい香りが、溢れ流れ出るよね。

捧げる。そしたら香る。キリストが溢れる。麗しいキリストの香りが溢れて、溢れて、流れ出る。

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あどべんちゃー

昨日も、朝から夜までえきさいてぃんぐな日曜日でした。朝の教会学校は、月イチの合同(小1~6)。のまっきー先生がメッセージをしてくれました。

「ドラえもん のび太と緑の巨人伝」って知ってるかな?(詳しくはココをクリック。音声アリです。お仕事中の人は要注意!笑)土曜日(3/8)公開の映画。ストーリーを説明すると・・・。

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ある日、のび太が裏山で小さな木の苗を見つけた。でも、ママは「庭に植えちゃダメ!」。それなら・・・と、ドラえもんが出した素敵な道具。その名も、「植物自動化液」。植物が自由に動けるようになる液体。動くようになったその苗に、のび太は名前を付けた。キーキー鳴くから、「キー坊」(←さり気に、希望ともかけてるらしいけど。笑)。のび太は、キー坊をとっても可愛がった。ある日、ひょんなことからキー坊の生まれた緑の星へ行くことになる。そこは、植物が支配している国。地球から緑を奪おうとするシラーたちと闘う、のび太たちの大冒険が始まる。。。

ドラえもんとのび太って、いつも冒険してるよね。宇宙開拓史、海底鬼岩城、竜の騎士、パラレル西遊記、ドラビアンナイト、・・・ものすごくたくさんの冒険をしてる。(・・・てゆーか、なんで私はこんなにたくさん知ってるんだろう。笑)

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別に冒険しなくても、その結果を知ることはできると思う。どこでもドア、タイムマシン、もしもボックス、・・・ドラえもんはその気になればいつだって答えを見せられる。「のび太くん、あと○日待ったら△△になるよ。そして、□□になった後で☆☆になるよ。」・・・でも、ドラえもんはそんなことしない。どうしてだろう?

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そもそも、ドラえもんはどうしてのび太と一緒にいるんだろう。のび太には、何の取り柄もない。得意なことと言えば、昼寝とあやとりくらい。テストはいつも0点だし、ジャイアンやスネ夫にはいじめられてばかり。そんなのび太なのに、「ドラえも~ん!助けてぇ~~~!」と泣きついてばかりののび太なのに、どうしてドラえもんは一緒にいるんだろう。

答えは、カンタン。ドラえもんがのび太を好きだから。だから、のび太と一緒にいるの。弱虫のび太だけど、泣き虫のび太だけど、一緒にいるの。心細いときは、励ましてくれる。困っているときは、助けてくれる。弱っているときは、力づけてくれる。倒れてしまったときは、抱き起こしてくれる。

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だから、のび太は冒険できるの。弱虫のび太だけど、泣き虫のび太だけど、ドラえもんが一緒だから。冒険だから、時には危険なこともある。ドキドキもする。でも、ワクワクもするんだ。ドラえもんが一緒だから、楽しめるんだ。

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イエス様もね、みんなと、キミと一緒に冒険がしたい!と思ってくださっているんだよ。ただ単に、「あと○年経ったら、あなたはこうなります。その後、こんなふうになって、こーなってあーなって・・・」ってストーリーを明かすんじゃなくて、一緒に味わいたいと思ってくださってるんだ。そしてね、大切なときにはちゃんと教えてくださるの。「この道を行きなさい」、「これが正しい答えだよ」、・・・ってね。

わたしは道であり、真理であり、命である。(ヨハネ 14:6

I am the way and the truth and the life. (John 14:6)

キミの人生も、冒険のようかもしれない。嬉しいこと、楽しいこと、わくわくすること。悲しいこと、苦しいこと、ビクビクすること。でもね、忘れないで。イエス様はいつもキミと一緒にいるよ。キミを励ましてくれる。助けてくれる。力づけてくれる。抱き起こしてくれる。

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イエス様とキミの大冒険。まだまだ始まったばかり。道であり、真理であり、命であるイエス様と一緒に、歩んでいこうね!!!

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あなたは神様に覚えられています!

今夜の木曜集会で語られたメッセージをシェアします。

旧約聖書に、ヨセフという人が出てきます。彼は少年の頃、その父親に非常に愛されたがために兄たち妬まれ、彼らの手によって外国(エジプト)へ奴隷として売られてしまいます。エジプトで奴隷として働いている間にも、その主人の奥さんに謂れのない濡れ衣を着せられて投獄されたり、牢獄から出してもらえるように頼んでやる!と威勢の良い約束をした相手にも忘れ去られたり、本当に苦しいときを長く過ごしていました。でも、ヨセフはそんな中にあっても神様に信頼し続けました。周りの環境がどうあれ、置かれている状況がどうあれ、神様はすべてをご存知で、すべてを最善に導かれるという確信を持っていたからです。

その後ヨセフがどうなったかと言うと、なんとその時(牢獄から解放してもらえるように頼んでやる!と威勢の良い約束をした相手に忘れ去られた)から二年後にエジプトの大臣(今の日本で言う内閣総理大臣)になったのです。え・・・?どゆこと??って思ったアナタ!そう、どゆこと??でしょ??()

当時のエジプトの王様だったパロ(ファラオ)が奇妙な夢を見たのですが、神様がヨセフを通してその夢の解き明かしをされたのです。それを見たパロは、「この人はただ者じゃない、本当の神様がヨセフと共にいるんだ!」と分かり、ヨセフに大臣の座を与えたのです。

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●神様は、私たちを覚えておられる。

エジプトに奴隷として売られたヨセフ。その後なんと13年もの間、投獄されていました。途方も無く長い時間に感じられたでしょう。牢獄から出られるときが来るとは考え難い状況だったかもしれません。でも、神様はヨセフをお忘れにはなっていませんでした。人には忘れ去られても、状況的には何も期待できなくても、神様は覚えてくださっているのです。そう、あなたは忘れ去られた存在ではありません。神様にちゃーんと覚えられている大切な存在なのです。

わたしは、あなたを忘れることはない。見よ、わたしは、たなごころ(手のひら)にあなたを彫り刻んだ。(イザヤ 49:15-16

I will not forget you! See, I have engraved you on the palms of my hands; (Isaiah 49:15-16)

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●神様の定められた時がある。その時を待とう。

ヨセフがパロに見出されて内閣総理大臣になったのは、牢獄からの解放を依頼していた相手に忘れ去られてしまった二年の後創世 41:1と書いてあります。なぜわざわざ 二年 と具体的に書いてあるかと言うと、神様の時というのは確かに定められていて、神様のタイミングで事は進められているということの証なんです。ヨセフがそうであったように、私たちの苦しみや問題も、神様の前には限りあるものでしかありません。神様のプランは確かに存在していて、神様のタイミングで事は進められているのです。私たちがすべきことはただ一つ。その神様の時を待つこと。疑わないで、待ち望むこと。時が来たら、神様はすべてを明らかにしてくださいます。

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。(伝道 3:11

He has made everything beautiful in its time. (Ecclesiastes 3:11)

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イエス様、今日もみことばからの励ましをありがとう!!!

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賛美の力

今日の賛美夕拝で語られたメッセージをシェアします。

彼らが歌をうたい、さんびし始めた時、主は伏兵を設け、かのユダに攻めてきたアンモン、モアブ、セイル山の人々に向かわせられたので、彼らは打ち敗られた。(2歴代誌 20:22

As they began to sing and praise, the LORD set ambushes against the men of Ammon and Moab and Mount Seir who were invading Judah, and they were defeated. (2 Chronicles 20:22)

ユダの王ヨシャパテが戦いに挑むとき、戦いのための賛美チームを結成し、軍勢の前に彼らを置きました。そして、彼らが賛美しながら敵に向かって行ったところ、神様が伏兵(天使)を遣わされ彼らを勝利へと導かれました。つまり、神様が彼らのために戦われたので、彼らは勝利することができたのです。それは、彼らが捧げた賛美ゆえです。賛美の力が神様の御手を動かし、彼らに勝利をもたらしたのです。

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私たちは、なぜ賛美するのでしょうか。

私たちは、今までに受けた神様からの恵み(最大の恵みは救い!)に対して、その感謝を賛美に代えて捧げます。そう、主が素晴らしいから賛美するのです。

でも、もう一つの賛美する理由は、勝利を得るためです。今抱えている大きな問題に勝利するために、賛美しなさい!と神様は言われます。私たちが賛美するとき、ヨシャパテとその軍勢になされたように、私たちのところへも神様は伏兵(天使)を遣わし、勝利を与えてくださいます。たとえ状況が喜ばしいものではなかったとしても、神様から与えられる勝利に望みをおいて賛美するのです。そして、喜ぶのです。主を喜ぶことは私たちの力だからです。(ネヘミヤ 8:10

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賛美する。喜ぶ。今の私にとって、ドンピシャのメッセージ。この間泣きながら握ったみことばにも、喜び歌え!喜び呼ばわれ!喜び楽しめ!・・・繰り返し、繰り返し、喜びなさい!賛美しなさい!喜びなさい!喜びなさい!と書かれてありました。

状況を見るとき、決して喜べるものではありません。賛美したくなる状況なんかではないのです。でも、喜びなさい!賛美しなさい!そうしたら、私はあなたに勝利を与える!!これが、神様の約束。聖書にハッキリと書かれている、神様の約束。私は、これを選び取ります。この約束を握ります。

神様、喜べないけど、喜びます!全然喜べないけど、賛美します!!あなたの約束が真実であることを信じます!!!

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重荷をおろす

スペシャル賛美夕拝では、Tちゃんがメッセージを語ってくれました。

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すべて重荷を負うて苦労している者は、わたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう。(マタイ 11:28

Come to me, all you who are weary and burdened, and I will give you rest. (Matthew 11:28)

このみことばは、決してノンクリスチャン(イエス様とまだ出会っていない人)だけにではなく、イエス様を信じるクリスチャンにも語られたみことばです。イエス様は、「重荷を負っている者は、わたしのもとにきなさい」と言われています。では、その 重荷 とは何でしょうか。

重荷となり得るものの一つに、感情があります。プラスの感情(嬉しい、楽しいetc.)が働くとき、それは神様と人を喜ばせるものを生み出します。しかし、マイナスの感情(悲しい、苦しいetc.)が働くとき、それは神様と人を悲しませるだけでなく、自分自身をも苦しめる結果を招きます。そして、それらが重い荷物となって圧し掛かってくるようになるのです。

バッグにたとえてみると、いくつかの種類(サイズ)があります。

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●ポーチ(いつでもどこにでも持って行ける、またそうするのに支障がない)

  日々の生活で感じる些細な不快感や苛立ち。イラッとしても、グッと堪えられる程度のもの。

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●手提げカバン(毎日ではないが、時々使用する)

  人に対して嫉妬したり、過去を振り返って思い悩む心。

  また、自分の中で解決を得ていない、決着できていない思い。

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●ボストンバッグ(たまに使う)

  置かれた場所が、また目の前にある問題が嫌で、逃げ出そうとする心。

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●トランク(クローゼットの奥からわざわざ持ち出してくる、滅多に使用しない)

  普段は隠している心の傷、悲しみの記憶。それらによって、将来が妨げられてしまうほどの問題。

これらの荷物は、すべてイエス様の働きを妨げるものです。どのサイズの荷物も、私たちの重荷となってしまうのです。イエス様は、これらの重荷を持って来ておろしなさい、と言われています。大小を問わず、どのサイズの重荷についても、です。

イエス様のところへ持って行くのは、勇気の要ることです。たとえそれが重荷であったとしても、今まで持っていたものを手放すのには、やはり勇気が要るのです。また、持って行くということは、自分の重荷(マイナスの感情=悲しみ、苦しみetc.)を認めて差し出すということなので、それ(重荷)と向き合うことへの恐れもあるでしょう。でも、イエス様は、「重荷を持って来なさい、そしておろしなさい」と言われます。イエス様と私たちの間を妨げるもの(重荷)を取り除きたいと願っておられるのです。

あなたは重荷を持っていますか?もしそうなら、イエス様のところへ持って来ましょう。そして、イエス様のところで重荷をおろしましょう。大きいものも、小さいものも、全部です。イエス様は、あなたが重荷を負って苦しむ姿を、疲れ果てる姿を見たくないのです。全部おろして、イエス様に休ませていただきましょう。

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また、イエス様はこうも言われています。

わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。(マタイ 11:30

For my yoke is easy and my burden is light. (Matthew 11:30)

軽い荷物とは何でしょうか。それは、御霊の実(愛・喜び・平和・寛容・慈愛・善意・忠実・柔和・自制)です。イエス様が私たちに与えてくださる荷物は負いやすく、また内側から湧き上がって人々に分け与えたくなるものです。

わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。(ガラテヤ 5:16

So I say, live by the Spirit, (Galatians 5:16)

主の御霊がわたしに宿っている。貧しい人々に福音を宣べ伝えさせるために、わたしを聖別してくださったからである。主はわたしをつかわして、囚人が解放され、盲人の目が開かれることを告げ知らせ、打ちひしがれている者に自由を得させ、主のめぐみの年を告げ知らせるのである。(ルカ 4:18-19

The Spirit of the Lord is on me, because he has anointed me to preach good news to the poor. He has sent me to proclaim freedom for the prisoners and recovery of sight for the blind, to release the oppressed, to proclaim the year of the Lord's favor. (Luke 4:18-19)

重荷をおろし、聖霊に満たされて歩みましょう!!!

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夢を成し遂げるために -あなたのパートナーは誰?

ペンテコで語られたメッセージで、もう一つシェアしたいのがこれ。

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●夢を成し遂げるための決意

あなたは心を強くし、勇んでこれを行いなさい。恐れてはならない。おののいてはならない。主なる神、わたしの神があなたとともにおられるからである。主はあなたを離れず、あなたを捨てず、ついに主の宮の務のすべての工事をなし終えさせられるでしょう。(1歴代誌 28:20

Be strong and courageous, and do the work. Do not be afraid or discouraged, for the LORD God, my God, is with you. He will not fail you or forsake you until all the work for the service of the temple of the LORD is finished. (1 Chronicles 28:20)

① 強い手で夢をつかむ

  心を強くしなさい

② 力を受けて、積極的な行動に出る

  勇んで雄々しくありなさい

③ 安全地帯ではなく、信仰地帯に生きる

  これを行いなさい(事を成し遂げなさい)

④ 脅かしや疑いを拒否し続ける

  恐れてはならない

⑤ 自分を打ちのめすような態度に抵抗する

  おののいてはならない

⑥ パートナーが誰かを思い出す

  主なる神、わたしの神があなたとともにおられるから

⑦ 決して離れない神に頼る

  あなたを離れず、あなたを捨てず

⑧ 偉大さを目指し、それさえも超える

  すべての工事をなし終えさせられる(完成させてくださる)

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全部ぜんぶアーメンです!!!

でも、その中でも特に心に響いたのは、⑥パートナーが誰かを思い出す です。私たちのパートナーは全能の主イエス様。必要なときに、そのすべての必要を満たしてくださる。いつも共にいて、勝利を与えてくださる。私たちの考えも思いも及ばない何よりも大きなお方であるイエス様が、私たちのパートナー。その偉大な神がわたしたちの味方であるなら、だれがわたしたちに敵し得ようか。(ローマ 8:31

そう、何も恐れることはない。ただ、主にあって心を強くし、信仰を持って勇ましく歩んでいけばいい。途中で妨げられるようなことが起こっても、おののくことはない。だって、パートナーはイエス様。私を離れず、見捨てず、ずっと一緒に歩んでくださる。そして、必ず事を完成させてくださる。ハレルヤ!

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イエス様、私のパートナーでいてくださってありがとう。最強にして最高のパートナーであるあなたと共に歩む道には、いつも勝利が約束されているから感謝です。ハレルヤ!!!

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自覚を持つ

ペンテコ3日目の夕方に持たれた、ユース・セレブレーション。

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Jesus Family(みどり野キリスト教会)のユースパスター西村希望先生と、ユースミニストリーチームがワーシップをリードしてくださいました。

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フラッグダンス!

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すっごい迫力でした!!

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めちゃカッコよかったー!!!

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そして・・・

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ジャンピングワーシップ♪♪♪

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みんなで、汗だくになって賛美しました!はれるやーーー!!

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『自覚を持つ』

自分が何者であるか、自分の果たすべき分は何か、自覚をしっかりと持とう!

① 存在価値は大きい

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。(イザヤ 43:4

Since you are precious and honored in my sight, and because I love you, (Isaiah 43:4)

② 主のものだ

十字架の命がけの贖いによって買い取られたのだから!

③ 世の光である

神様の栄光を現すために生きよう。この世においても成功しよう!この世に影響を与える者となろう!すべては神様の栄光を現すために。世の光となるために。

④ ユースへの責任

ユースのリバイバルは、ユースに責任がある。同世代の、そして次世代のリバイバル、それはユースの果たすべき責任。キリストを伝えるために、立ち上がろう!

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イエス様、あなたが私に対して非常に大きな価値をおいてくださっていることを感謝します。私はあなたのものです。あなたの命がけの愛をこの世に輝かせるために、私を用いてください。

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感動、励まし、そして前進!

ペンテコ2日目の午後、Jesus Lifehouseのロッド先生が持たれたセッションも素晴らしかったです!

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次世代を建て上げるために・・・

① 私たちの祈りを変える

否定的なことにフォーカスしないで、神様の光にフォーカスする。

② 私たちの宣言を変える、口から出る言葉を変える

そのとき、カレブはモーセの前で、民をしずめて言った、「わたしたちはすぐにのぼって、攻め取りましょう。わたしたちは必ず勝つことができます」。(民数記 13:30

Then Caleb silenced the people before Moses and said, "We should go up and take possession of the land, for we can certainly do it." (Numbers 13:30)

③ 教会の長所を認識する

教会に与えられている強さを伸ばす。もし建物があるなら、それは素晴らしい強さ。地域に開かれた教会となるために、地域のためにも用いていこう。

④ 一つ新しいことを加える

神様から与えられたアイデアは、実行しよう。一度にいろいろやろうとしないで、一つずつ、でも確かに新しいことを加えていくことが大切。

⑤ リーダーシップを整える

リーダーを育てていく。そして、下(次世代)に委ねていく。

⑥ 若者を愛する

⑦ 人々(特に新しい人々)と常に出会う

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ロッド先生は、今から約6年前に日本へ来られました。神様が、TSUNAMI(津波)の押し寄せる幻を通して、ロッド先生と奥様に日本へ行くようにと導いてくださったのです。そして今、とても素晴らしい神様の祝福に満ちた教会を建て上げられています。先生の、神様の導きに徹底して従う潔い信仰の姿勢と、日本を愛する熱いオモイを心に感じて、セッション中ずっと涙が止まりませんでした。

ペンテコ最終日、ロッド先生にどうしても言いたくて、走り寄って伝えました。「先生の熱いスピリットに感動しました。すごく励まされました。日本を愛してくれてありがとう。日本の若者を愛してくれてありがとう。植えられた場所(教会、地域)で、全力で励みます。ありがとう!」・・・話しながら、やっぱりダーダー泣いてしまった私。ロッド先生に、「よく泣くね~」と笑われました。きっと泣き虫だと思われているに違いない。() でも、神様がロッド先生を通して与えてくださった感動と励ましは、本当に大きかったです。今も心にしっかりあります。ぎゅっと握って、前進!!!

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天の窓

随分とタイミングがズレてしまっていますが、ペンテコでの恵みをシェアさせてください。

前にも書いたけど、本当にものすごく膨大な学びだったので、その中から特に心に響いたこと、またここでシェアしたいと願わされたことを中心に書いていきます。

デマジオ先生が語ってくださった中で一番心に深く響いたのが、「天の窓」そしてそこに用意されている「神様の祝福(備え)」についてのメッセージでした。

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わたしの宮に食物のあるように、十分の一全部をわたしの倉に携えてきなさい。これをもってわたしを試み、わたしが天の窓を開いてあふるる恵みを、あなたがたに注ぐか否かを見なさいと、万軍の主は言われる。(マラキ 3:10

Bring the whole tithe into the storehouse, that there may be food in my house. Test me in this," says the LORD Almighty, "and see if I will not throw open the floodgates of heaven and pour out so much blessing that you will not have room enough for it. (Malachi 3:10)

神様は天の窓を開いて、ダムが破れて洪水になるように、満ち溢れて圧倒されるような祝福を私たち(教会)に注ぎたいと願っておられます。

●天とは・・・計り知れない神の住まい、神の御座、神の祝福に満ちた(蓄えられている)ところ。

●天の窓とは・・・開いたり閉じたりすることのできるもの。特別な場所(働き)のために与えられるもの。特定の場所へ入ったり、届いたりするためのもの。また、妨げられることのない無限の備えを注ぎだす手段。またその窓は、大きく、力強く、目的を持って開かれる。そして開かれることによって、突然、劇的に、目的としているところへ届きやすくなる。

●天の祝福(富、備え)とは・・・神様のもとに蓄えられ、備えられている、あらゆるカタチ(人、建物、アイデア、経済etc.)の富。そして、神様がそれぞれの教会のために持っておられる無制限の備え。教会に対する明確なビジョンの祝福、チームを作るためのすぐれた人材が与えられる祝福、新しい土地や建物が与えられる祝福、新しいアイデア、人々からの好意、さまざまな伝道の機会などが備えられる祝福のこと。

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教会が直面するすべてのチャレンジに立ち向かうための必要を満たすために、神様の備えが与えられている。豊かさの窓奇跡的備えの窓チャンスの窓が教会に対して開かれる。だから、私たちは目に見えること(現実)ではなく、目に見えることを願う(実現してほしいと願う)ことを見ることができる。

このような人は流れのほとりに植えられた木の時が来ると実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える。(詩篇 1:3

He is like a tree planted by streams of water, which yields its fruit in season and whose leaf does not wither. Whatever he does prospers. (Psalm 1:3)

信仰によって、わたしたちは、この世界が神の言葉で造られたのであり、したがって、見えるものは現れているものから出てきたのでないことを、悟るのである。(ヘブル 11:3

By faith we understand that the universe was formed at God's command, so that what is seen was not made out of what was visible. (Hebrews 11)

だから、機会のあるごとに、だれに対しても、とくに信仰の仲間に対して、善を行おうではないか。(ガラテヤ 6:10

Therefore, as we have opportunity, let us do good to all people, especially to those who belong to the family of believers. (Galatians 6:10)

教会を聖霊の命と力とで満たすために、神様の臨在を与えてくださる。

時に彼は夢をみた。一つのはしごが地の上に立っていて、その頂は天に達し、神の使たちがそれを上り下りしているのを見た。・・・そして彼は恐れて言った、「これはなんという恐るべき所だろう。これは神の家である。これは天の門だ」。(創世記 28:12,17

He had a dream in which he saw a stairway resting on the earth, with its top reaching to heaven, and the angels of God were ascending and descending on it. ・・・He was afraid and said, "How awesome is this place! This is none other than the house of God; this is the gate of heaven." (Genesis 28:12,17)

すべてのことは教会の使命を果たすために働いているということを見るために、神様の働きを見させてくださる。すべてが益となることを示してくださる。

神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。(ローマ 8:28

And we know that in all things God works for the good of those who love him, who have been called according to his purpose. (Romans 8:28)

教会のビジョンを果たすために、預言的に、現在(目に見える問題)を越えて、先を見させてくださる。

わたしの建てる家は大きな家です。われらの神はすべての神よりも大いなる神だからです。(2歴代誌 2:5

The temple I am going to build will be great, because our God is greater than all other gods. (2 Chronicles 2:5)

神様からの好意が教会に成長をもたらすことを見るため、力強い御手(好意、神様の中にある良いものをもたらす素晴らしさ、より大きい影響力へと私たちを引き上げる)をもって私たちに成長を体験させてくださる。

主よ、あなたは正しい者を祝福し、盾をもってするように、恵みをもってこれをおおい守られます。(詩篇 5:12

For surely, O LORD, you bless the righteous; you surround them with your favor as with a shield. (Psalm 5:12)

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神様が私たちに対して用意してくださっている祝福が、いかに素晴らしいものであるか。私たちの思いも考えも経験も遥かに超えた、とてつもなく大きな祝福なんだ!ということを、改めて知ることができて感動でした。同時に、神様の祝福というものを何だかとても小さなモノのように捉えていたことを、心から悔い改めました。天の祝福が、私の人生に、私の携わる働きに、私の住む地域に、私の国に、洪水のように注がれることを願います!天の窓が、私の愛する京都に、日本に、大きく開かれることを信じます!!

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とりなしの祈り

まとめるための時間、いくらあっても足りないことに気づきました。チマチマこじんまりまとめてしまうよりも、感動を伝えることの方が大切だ!!!・・・と言うことに、今更ながら気づきました。(アホ・・・)

と言うことで、少しずつペンテコでの感動をシェアしていきます!!!

初日の夜、実はちょっとしたハプニングがありました。なんと、大会メインスピーカーのフランク・デマジオ先生の到着が遅れていたのです(飛行機のトラブルで出発が一日遅れてしまったらしい)。でもね、イエス様はそんな状況をも用いて、祝福をくださいました。到着されるまでの時間、スペシャルスピーカー(ごめんなさい・・・お名前を忘れてしまいました・・・)がメッセージを語ってくださいました。

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『とりなしの祈り』

この先生は、20064月に大阪でも行われた祈りの祭典の働きをされています。実は、この大阪で行われた祈りの祭典で、私は聖歌隊として特別賛美のご奉仕をさせてもらっていたのです。その名の通り、祈りで満ち溢れた素晴らしい大会でのご奉仕。イエス様を深く強く感じることのできる、それはもう本当に素晴らしいひとときでした。・・・と、話がそれてしまいました。すみません、元へ戻します。祈りの祭典とはいったい何ぞや?確か、その大阪の大会でもどなたかがご説明くださったのですが、正直あまりピンときませんでした。何だか少し難しい表現がされていて、私にはよく理解できなかったんです(単なる私の理解不足です)。でも今回、ものすごくシンプルなメッセージを届けてくださって、心にストンと入りました。シンプル、かつ大胆。それは・・・世界のリーダーたちのために祈る!!!です。

世界のリーダーたち。それは、政治家であったり、大統領であったり、国王であったり様々ですが、国単位・世界単位で影響力のある指導者たちのことを指します。彼らは、世界規模での発言力を持っています。そして彼らが決めることが、世界の基準・ルールとなっていきます。

想像してみてください。もしそのリーダーたちが、神様からの知恵によって物事を決めることができたらどうでしょう。神様の正しさに立って世界をリードすることができたらどうでしょう。この世界に、それぞれの国に、それぞれの都市に、それぞれの地域に、神様の素晴らしさが広がっていくんです!!!

祈りの祭典は、世界規模の重要な会議(G8など)の開催される地域のそばで、その会期中リーダーたちのためにとりなして祈る!というミニストリー。具体的にこの世界に影響を与えているリーダーたちのために祈る。彼らの心が変えられるように。サタン(悪魔)の影響ではなく、それを遥かに越えて偉大な神様の力と権威によって世界をリードしていくことができるように。そして、その正義と公正が平和を生み出し、世界に広がっていくように。

教会には、その権威が与えられている!と語られました。私たちのとりなしの祈りが、世界を変える!なんてシンプルで、そしてなんて大胆な祈りだろう。私たち自身も、祈りによって天からの祝福を引き出し、この世界に素晴らしい影響を与えるクリスチャンとならせていただこう!

また主はこの山で、すべての民のかぶっている顔おおいと、すべての国のおおっているおおい物とを破られる。主はとこしえに死を滅ぼし、主なる神はすべての顔から涙をぬぐい、その民のはずかしめを全地の上から除かれる。これは主の語られたことである。(イザヤ 25:7-8

On this mountain he will destroy the shroud that enfolds all peoples, the sheet that covers all nations; he will swallow up death forever. The Sovereign LORD will wipe away the tears from all faces; he will remove the disgrace of his people from all the earth. The LORD has spoken. (Isaiah 25:7-8)

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信じて祈る。大胆に祈る。そこに神様が働かれる。そして世界が動く。変わる。ハレルヤ!!

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新春ミニコンサート③

これ↓の続きです。

(コンサート) http://kori-nizzy.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_d2ec.html

(ティータイム) http://kori-nizzy.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_84eb.html

今日は、ピーターの語ってくれたメッセージをシェアします。

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音楽にはいろいろな種類(ジャンル)がありますが、私はジャズミュージックが好きです。躍動感溢れる自由な感じが、とても心地良いからです。

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(ここで、ピアノのhanaちゃん&ドラムのYちゃんがジャズフレーズをかっこよく演奏してくれました。いや~素敵でした♪)

こんなふうに、すごくかっこ良くて、自由で、快適な音楽ですが、これはあるルールに基づいて成り立っています。つまり、演奏する人は、一定のリズム(テンポ)を守り、決まった順序でコード進行をする必要があります。もし何のルールもない状態で、演奏者がそれぞれ好き勝手にやるとどうなるでしょう。

(ここで、hanaちゃんとYちゃんがリズムもコード進行もめちゃくちゃに演奏。見事にめちゃくちゃでした。笑)

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はい、こんなふうに、聴くに耐えないことになってしまいます()。つまり、「自由」というのは、何のルールもなくめちゃくちゃに好き勝手にするということではないのです。ある一定のルールがあってこそ、本当に心地よい「自由」を楽しむことができるのです。

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私たちの人生も、これと同じです。「自由に生きる」ということと、「自分の思いのまま好き勝手に生きる」ということとは違います。私たちにも、「自由」を楽しむためにルールが必要なのです。では、そのルールとはいったい何でしょうか。聖書は言います。それは、イエス様です。イエス様を私たちの人生にお迎えするとき、私たちに本当の自由が与えられます。それは、決して堅苦しいものや難しいものではありません。なぜなら、イエス様のくださるルールというのは、 だからです。私たちを愛し、赦し、受け入れてくださる、その大きな愛の中に生きるとき、私たちは本当に快適で正しい人生を楽しむことができるのです。

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あなたも、本当の自由と快適を味わってみたいと思いませんか?もしそう願われるなら、どうかイエス様を心に迎えてください。God bless You♪♪♪

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A HAPPY NEW YEAR!

新年あけましておめでとうございます!!!

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今年もみなさんにとって素晴らしい一年となりますように。

  

 

今日は元旦。私たちの教会では、元旦礼拝 を持ちました。一年の最初の日、最初の時間をイエス様にお捧げする。素晴らしいスタートです!!!

メッセージは、『感動の2008年』と題して語られました。何に感動するのか?それは、イエス様に!です。

やがて女は男の子を産んで、その名をサムソンと呼んだ。その子は成長し、主は彼を恵まれた。主の霊はゾラとエシタオルの間のマハネダンにおいて初めて彼を感動させた。(士師記 13:24-25

サムソンという人が、囚われの身だったイスラエルの人々を救うために立ち上がり、その彼の活躍によって人々は救い出されました。このことは、主の霊(聖霊)が彼の心を感動させたときに起こったのです。

これと同じように、真の心の感動というのは、聖霊の働きによって起こるのです。人の感情というのは非常に移ろいやすく、当てにはなりません。でも、聖霊によって神様から与えられる感動は、素晴らしいものを生み出す力となるのです。人が聖霊に感動して立ち上がるとき、神様はその人を通して素晴らしいことを起こしてくださいます。だから、私たちは感情に生きるのではなく、神様から与えられる感動に生きましょう。そして、そのためにいつも聖霊に満たされていましょう。

あらゆる良い贈り物、あらゆる完全な賜物は、上から、光の父から下って来る。(ヤコブ 1:17

Every good and perfect gift is from above, coming down from the Father of the heavenly lights, (James 1:17)

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毎日の生活すべてが、神様からの感動で満ち溢れた素晴らしい一年となりますように♪

そして、このブログもどうぞよろしくね!!!

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イエス様の愛に倣う

愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。愛はいつまでも絶えることがない。

Love is patient, love is kind. It does not envy, it does not boast, it is not proud. It is not rude, it is not self-seeking, it is not easily angered, it keeps no record of wrongs. Love does not delight in evil but rejoices with the truth. It always protects, always trusts, always hopes, always perseveres. Love never fails. 

1コリント/1 Corinthians 13:4-8

このみことばの、に置き換えて読んでみてください。どこまで読めますか?私は、出だしから止まってしまいます。「私は寛容・・・じゃないし、私は情深く・・・ない。人を羨むし、すぐに高ぶる。・・・」という感じで、全然読み進められません。

でも、イエス様と置き換えるとどうでしょう。「イエス様は寛容であり、イエス様は情深い。また、ねたむことをしない。イエス様は高ぶらない、誇らない。・・・」スラスラと読めます。なぜなら、イエス様は愛そのものだからです。

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実は今日、職場での出来事を通して、自分の愛の無さに自らを嘆き、心苦しい思いをしました。人を責める気持ちや、自分を誇る気持ちがあったことは否定できません。自分のあまりの弱さに悲しくなり、帰り道は必死に涙を堪えました。

帰宅して木曜集会へ行く前、izumiちゃんのブログを見ていたら、みことばが飛び込んできました。信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。ヘブル 12:2あー、イエス様!そうでした。私が目を留めるべきなのは、心を注ぐべきなのは、私の弱さではなく、私を強くしてくださるあなたですよね!・・・読んでいるうちに、泣けて泣けて、涙が止まりませんでした。

教会へ到着して礼拝堂へ入った瞬間、それまで縛られていたいろんなもの(弱さを嘆く心、責める気持ち、など)からぶわっと解放されるのを感じました。席に着いて賛美を歌い始めようにも、涙が溢れて止まらない。「おかえり、あなたのいる場所はここだよ。私の愛のうちにいなさい。」イエス様からの温かい優しい声が心の中で響きました。

そして、メッセージで語られたみことばが、1コリント 13:1-13でした。最もすぐれた道、さらに優る道、それは神様の愛の道。自分の思いや考え、自分の力に頼るのではなく、イエス様の愛に満たされて、その愛に動かされて働く。イエス様の愛1コリント 13:4-8を基準として、それに倣うものと変えられ、キリストの人格と品性を身に着ける。それが、愛の道を歩むということ。そう語られました。

イエス様、私には愛はありません。でも、あなたは愛です。愛そのものです。私には、あなたの愛が必要です。いつもいつもあなたの愛で満たしてください。あなたの愛に倣う者とさせてください。あなたの愛に溢れた人格と品性を得ることができますように。そのために、私はあなたに目を注ぎます。自分の弱さではなく、信仰の導き手であり、またその完成者であるあなたを仰ぎ見つつ歩みます。あなたの愛と正しさの中に生かしてください。

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いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。

these three remain: faith, hope and love. But the greatest of these is love.

1コリント/1 Corinthians 13:13

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「わたしもあなたを罰しない」

日曜日の朝の礼拝で語られたメッセージ、本当に心に深く響きました。

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このストーリーは、一人の女性がイエス様の前に連れてこられるところから始まります。女性を引っ張って来たのは、法律家や学者たち。この行動の裏には、2つの理由がありました。

① この女性を罰するため。

実は、姦淫の罪(夫以外の人との不適切な関係を持った不貞の罪)を犯した女性だったのです。十戒(神様が人間に守るべきこととして与えられた約束)には、姦淫してはならないとはっきり書いてあります。また、その当時は姦淫の罪を犯した場合、石で打ち殺すようにと決められていました。それゆえ彼らは、不貞を犯したこの女性を裁こうと連れ出して来たのです。

② イエス様を言葉の罠にかけるため。

彼らは、イエス様が疎ましかったのです。愛と赦しを説くイエス様を、「何とかして負かしてやろう、揚げ足を取ってやろう」・・・そんなふうに思っていたのです。この彼女を石で打ち殺すことに対して、もしイエス様がYESと言えば「いつも説き明かしている愛と赦しはどこへ行ったんだ!」と責め立て、NOと言えば「十戒に反すること、法律に背くことを言うのか!」と問いただす、どちらにしてもイエス様を窮地に追い込めると考えたのです。

しかし、イエス様の答えは、こうでした。「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」ヨハネ 8:7

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その答えを聞いた彼らは年寄から始めて、ひとりびとり出て行き(ヨハネ 8:9、最後にはイエス様と彼女だけがその場に残りました。あんなにも威勢が良かったのに、彼らはいったいどうしてしまったのでしょう。・・・彼らは、気づいたのです。「自分にも罪がある、そんな自分に彼女を裁く資格などない」と。

そう、罪を裁く資格など、人にはありません。人は誰もが罪を持っているからです(聖書には、良くないことを心で思うだけでも罪だ、と書いてあります)。ただ神様だけが、その資格をお持ちです。なのに、「この人は裁かれるべきだ」などと言うのは、あたかも自分が神であるかのような思い上がりに過ぎません。そのことに気づいた彼らは、自らを恥じ、その場を立ち去ったのです。

イエス様は、その場に残された女性に言われました。「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」(ヨハネ 8:11

その場にいた中で、ただイエス様だけが彼女を裁くことのできたお方でした。でも、「わたしもあなたを罰しない」と言われたのです。なぜなら、イエス様がこの世に来られたのは、この世をさばくためではなく、この世を救うため(ヨハネ 12:47だからです。イエス様は、彼女の罪を、またそれまでの後悔ばかりの人生を、十字架によって完全に赦し、解放してくださいました。それゆえに、彼女の人生は全く新しく変えられたのです!

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イエス様の愛と赦しは、私たちにも注がれています。イエス様の愛を受け取るとき、あなたも光の中に生きることができます。全く新しい人生をスタートすることができるのです。そう、この罪赦された女性のように。。。

わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように。(ヨハネ 8:11

Then neither do I condemn you," Jesus declared. "Go now and leave your life of sin. (John 8:11)

わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう。(ヨハネ 8:12

I am the light of the world. Whoever follows me will never walk in darkness, but will have the light of life. (John 8:12)

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あなたの人生が、イエス様の光で照らされますように♪

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力強い生き方

聖日礼拝で語られたメッセージの中から、心に響いた部分(いくつかあったんだけど、そのうちの一つ)をシェアしたいと思います。

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罪悪感からの解放

梨狩りの帰りにカフェへ行きました。

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メンバー5人のうち3人が保育士さんだったので、話の大半がそれぞれの園での面白話。その中で、Aちゃんがこんなことをシェアしてくれました。

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Mateship

昨日のQuiz Nightでピーターが語ってくれたメッセージをシェアします。タイトルは、What is a Good Friend?でした。

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神様のタイミング

今日は木曜日。木曜集会へ行ってきました。今日のメッセージも響きました!シェアさせてください。

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ぶどうの木

日曜日、私たちの教会では「敬老の日特別礼拝」を持ちました。70歳以上の方々が24名来てくださいましたー!!最高齢はMさん、なんと100歳!!!今もすごくお元気で、階段もスタスタ上るし、お肉もモリモリ食べる、そんなスーパーおばあちゃんです。

礼拝でのメッセージをシェアします。

「ぶどうの木」

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熱く燃えて生きる!

今日は日曜日。大好きな日曜日。教会で過ごす日曜日。

今日の賛美夕拝は、小平先生がメッセージしてくださいました。「熱く燃える人生」について。みんなにもシェアしたいと思います。(一部、私の個人的な表現も含まれてます。)

私たちはみんな、自分の人生が熱く燃やされることを願っている。でも、どうしたら燃えられるのか。人生を燃やしてくれるものは、いったい何なのか。人々は、その答えを、いろんな物や人の中に見出そうとしている。部活に燃える。仕事に燃える。勉強、友達、恋人、もしくはお金?確かに、そうかもしれない。でも、よく考えてみて。それらは、過ぎ去ってしまうもの。一時的で、すぐに冷え切ってしまうもの。永遠に続くものじゃない。

じゃあ、私たちの人生を、ずーーーっと燃やし続けてくれるものは何なのか。聖書は言います。それは、イエス様なんだ!って。イエス様を心に受け入れたら、イエス様が私たちの心を燃やしてくれる。その火は決して消えることなく、熱く熱く燃え続ける。時間が経てば終わってしまうような、状況によって変化してしまうような、そんなものではなく、ずっとずっと永遠に続くもの。

甲子園での高校野球を観て、なぜあんなに感動するのか。それは、高校球児たちが熱く燃えているから。目標に向かって、一心に熱く燃える姿がそこにあるから。

高校野球の熱戦は、大会閉幕と共に終わる。でも、もし私たちがイエス様と共に歩むなら、私たちの心はいつも、いつまでも熱く燃えることができる熱く燃えて生きることができるそれって最高にエキサイティングなことだと思いませんか?

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イエス様と共に歩む最高の人生。あなたにも体験してほしいです!

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