おかえり
今日、木曜集会へ行きました。礼拝前にPAのセッティングとかいろいろしていて、礼拝堂前をウロウロしていたときのこと。K姉に連れられて、一人の女性が来られました。
・・・見たことある!・・・絶対見たことある!!
そう思って見ていたら、K姉が教えてくれました。「○○姉よ!」・・・うわあぁぁぁ!ホンマや!!髪型が変わっていて、随分イメージが違ったけど、でも、確かに彼女。思わず走り寄って、ハグ!!!
おかえり!!!
口を突いて出てきた言葉は、「おかえり」。彼女ね、暫く教会に来れていなかったの。詳しいことはわからない。でも、きっといろいろあったんだろうと思う。「いろいろありました・・・」って彼女も言っていたから。でも、こうも言ってた。「神様が導いてくれて、今日ここに来れました」って。だから、「おかえり」。
理由なんて、何でもいいのよ。何があったのかなんて、関係ない。(あ、その部分に無関心っていう意味じゃないよ。神様から離れていたときのことを、神様は責めないってこと。)神様はそんなこと問わない。ただ、「帰って来た」その事実が嬉しい。「おかえり」って迎えてくれる。
「もう本当に久しぶりで・・・あぁ、こんなときって何て言えばいいのかしら・・・」だから、こう答えました。「おかえり!には、やっぱり、ただいま!ですよね~」
「おかえり」、「ただいま」そう言い合って、もう一度ハグ!泣いた!ホントに嬉しくて、嬉しすぎて、泣いた!!うあぁぁぁ、神様ありがとうぅぅぅ!!!
彼女の言う「いろいろあった」とき、教会に来れていなかったこの数年、多くの人が彼女のために祈り続けていた。「○○姉、どうしてはるかなぁ~」そう心に思っていた。何より、誰より、K姉のとりなしの祈りが高く高く積まれていた。
神様は、その祈りに応えてくださった。「いろいろあった」彼女の心の叫びにも応えてくださった。そして、もう一度教会へと足を向けさせてくださった。「神様が導いてくれて・・・」彼女の言葉がすべてだと思う。
教会へ来れていなくても、本人の心が神様を向かなくなっていたとしても、もしかしたら神様を悲しませるようなことをしてしまっていたとしても、神様の愛は変わらない。放蕩息子を待って待って待ち焦がれて、ついに帰って来たときには一言の責める言葉もなく、ただぎゅっと抱きしめてキスしてパーティーを開いてまで歓迎した父のように(放蕩息子のストーリーはこちらから)、神様の愛は変わらない。何も言わずに包んでくれる。「愛するわが子よ、おかえり」ってね。
私たちが道を逸れてしまったと思うときでも、神様から離れてしまっているようなときでも、神様は私たちの歩みに対して諦めたりしない。「戻っておいで」って言ってくれる。遅すぎるとか、タイミングが、とか、そんなの関係ない。神様にとっては、いつも「今」がそのとき。
神様は、きっとあなたのことも待ってる。神様のところへ帰ろう。何も言わなくていいんだよ。神様は全部ご存知だから。ただ、「ただいま~」って帰ればいい。神様は大歓迎してくれるよ。
愛するわが子よ、おかえり!!!












































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